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 捕まれていない方の志保の手が無意識に動いた。せせら笑う淳也の頬に平手がぶつかる。 「あっ」 「…………」  淳也の座っていた目がひん剥かれ、目玉がぎょろりと動いてその瞳が志保を捕らえる。目の前にいる淳也と彼の暗い瞳孔に吸い込まれる自分。魂が先に蹂躙された気がした。 「ごっごめん、なさい、私」  知らない男がいる。目の前の男は淳也であって淳也ではない。確かに淳也は志保の周りにいる人間の中では粗暴な一面をもっているが、それでもそれは多少口が悪くクールな印象を受ける程度であって、噂のように暴力沙汰を起こしているなどということはなく、恐怖を感じるようなことは今まで一度も無かった。だからこそ志保も一度は交際を承諾し、今も一人で着いてきたのだ。結局、クールと思っていたその粗暴さに嫌気がさしたのも事実であったが。だが今、目の前にいる男は畏怖の塊にしか思えなかった。豹変と言うより知らない狂人が突如現れたという方が適切な気がした。  淳也が無言で志保の腕を掴んだ手を力まかせに振り払ったため、志保はバランスを崩して後ろ向きに転倒する。淳也はすぐさま志保に覆い被さった。 「やめっやめぇ」 「抵抗してみろよ。『カミジョウくーんたすけてー』って。こういうシチュエーションも興奮するだろ?」     
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