分岐の末の結末の一つ

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 牧村はそう皮肉を口にしながら徐にワイシャツの襟元のボタンを外した。はだけた首筋からネックレスらしき銀色のチェーンが見え隠れする。それをつまんで引き出すと中から黄色いバラを象ったと思われる小さなチャームが顔を出す。その黄色い花弁に包まれるように飾られた青い宝石。小さくも酷く人を魅了するその青はまぎれもなく『青いよどみ』そのものだった。 「私こそこの宝石の正当なる所有者でね。私に『青いよどみ』の力は通用しない」  牧村はゆっくりとした足取りで椿に向け歩みを進める。  足が動かない。念力も効かない。ここまでか――、そう椿が諦めかけていたそのとき、 「椿ぃ」  自分の名を叫ぶ声が響いた。 「あっあぁ」  ずっと待ち焦がれていた声。自分に初めて生きる喜びを与えてくれた声。その喜びを失い絶望の淵へと立たされ、それでも断ち切れず切望した声。  母のため、兄のため、いや、違う。親友二人を見殺しにした自分のことが許せず今日までここに閉じこもっていた。愛してると抱いてくれた彼に、それでもその幸福を甘んじる資格がない、彼に顔向けできないと、自分を、心を、氷河の塊にも似たこの閉鎖病棟の中に封印した。三年だ。三年もの間、心の病みを進行させながらも耐え抜いてきたのに。たった一言、自分の名を呼ぶ彼の声が、空気の振動に過ぎないそんな些細なことが、巨大な氷河の封印を解き放つ。 「謙さ、ん」  涙が止めどなく溢れ出てくる。滲んだ視界に彼の影が近づいてくるのが見える。  椿は突っ伏していた半身を起こすと、震えるか細く白い片腕を出来うる限り彼に向け伸ばした。     
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