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遠山志保は自分の軽率さを少し後悔していた。
「誰もいないし、ここでもいいでしょ。話って何?」
志保は前をずんずん進んでいく村野淳也に声をかける。しかし淳也は耳を貸すことなく旅館の廊下を歩き続ける。志保はため息を吐いた。先ほど部屋で休んでいると淳也がやってきて二人だけで話したいことがあると言われ、同室の友人たちが止めるのも聞かずに着いてきてしまった。いい加減決着をつけたかったからだ。
淳也は『従業員以外立ち入り禁止』と書かれた部屋の扉を開けて中をのぞき込む。誰もいないのを確認して中に入っていった。志保は廊下からその部屋の中が見える位置に立つ。廊下から差し込む光で暗い部屋の中が薄らと窺える。その部屋は布団や座布団などが置いてある納戸のようだった。廊下から部屋へ伸びた自分の影が淳也と重なる。志保はそのことに不快感を覚えた。影さえも淳也と接触することを拒んでいる自分がいる。つわりが酷く、気分が優れない影響も少なからずあるとは思うが。
「入れよ」
「ここで聞く」
志保が断ると淳也は志保の腕を掴み無理矢理納戸の中に引き入れる。
「痛い、やめて」
「お前さ、本気で俺と別れるつもりなのか?」
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