分岐の末の結末の一つ

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分岐の末の結末の一つ

 椿は息も絶え絶えに廊下の床に突っ伏す。足が思うように動かない、歌も届かない。どうすれば――。 「思念をのせた歌。一種のテレパシーか、なかなかどうして雅だねぇ」  隔離された廊下の扉が開き、男が一人、軽薄な笑みを浮かべて近づいてくる。 「もっとも君のお兄様には届かなかったようだけど」 「あなた、誰」  椿は乱れた髪の隙間から男を睨み上げ、息を吐くついでのように問い掛けた。男の顔つき、大げさに白い歯を見せながらも獲物を捕食しようとする爬虫類を思わせる目つきに、彼が自分の味方ではありえないと椿は直感的に悟った。男は演劇の紳士がするように、腕を胸に添え深いお辞儀をする。 「お初にお目にかかります。私、牧村といいます。今宵はあなたに預けていたものを返して頂きたく参上しました」 「預けて?」  何のことだか椿には心当たりがなかった。牧村が言うように初対面であるし、今、この場にある自分の所有物は羽織っているこの振袖くらいしかない。  いや、もしや――。  椿ははっとなって自分の胸元に目を落とした。牧村はゆっくりと顔を上げ宣告する。 「『青いよどみ』そろそろ返して貰おうか」     
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