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 ここは冬になると雪と氷に閉ざされる。  それは藍青(らんせい)に生を受けた一人の男が幼少の頃より抱いてきた心象である。深夜ともなればそれは事実であるかのように雪が月の光を反射しその代わりのように生命活動の証である音を吸収する。今宵、その封印を打ち破るかの如く藍青の宵闇にけたたましいサイレンの音が響いた。旅館の前に数台の警察車両が進入する。車輪の群れは薄く凍った路面に警戒しつつゆっくりと回転し、やがてそれらは停止した。 「あぅ、たまらん。寒い。眠い」  捜査車両の一台から身を縮め込ませた中年の男が泣き言をいいながら出てきた。  新垣弘(あらがきひろむ)。くたびれたコートにせわしく両手を擦り少しでも体を温めようとしている彼は県警捜査一課の警部である。目の前に広がる一面雪景色。事件で急遽呼び出しをくらい数時間前まで温かい布団の中にいた身には心底こたえる光景だ。  新垣が恨めしそうにゲレンデを睨み見るとそこに見知った人間が一人佇んでいた。 「おう、鷹栖(たかす)。お前先に来てたのか?」  鷹栖譲、新垣の後輩刑事である。 「ええ、警部殿。俺、この近くが家なんで」     
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