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「キッチンにね……出たのよ」
「出たって何だ? 幽霊か?」
「幽霊のほうが良かったわよ」
「ばか。幽霊ほど出たら嫌なものはないぞ」
「幽霊は無害だからいいのよ。チョロチョロ走り回ったりしないし」
「ってことは、ゴキブリでも出たのか?」
「そうじゃないわ。出たのはネズミよ」
「なんだ、ネズミかよ」
「あなたは平気かも知れないけどね、私はああいうの大嫌いなのよ。思い出しただけで気分が悪くなるわ」
「聞いた俺だっていい気はしないよ」
「だから食べてるところ悪いけど、って言ったでしょ」
「分かったよ。帰ってきたら退治してやるから」
「お願いね」
ネズミが出たことを除いては、じつに平和な家庭だった。
父親がネズミ退治を引き受けた後はこれといった話題もなく、3人ともがテレビを見たりしながら朝食を楽しんだ。
『大陸から吹き込んだ停滞前線は以前南下を続け、季節の変わり目を伝えようとしています。しかし、気圧の影響で今後しばらくはジメジメとしたうっとうしい天気が続き――』
“ジメジメしたうっとうしい”と言いながら、キャスターは実に爽やかな顔をしている。
「最近、こんな天気ばっかだな」
べつだん興味もなさそうに父親が言った。
「そうね。お隣も言ってたわ。洗濯物が乾きにくくて嫌だって」
「お母さん、天気が悪いとどうして乾きにくいの?」
「それはね。お日様が顔を出さないからなのよ」
「お日様が顔を出さないとどうなるの?」
「お日様にはね、洗濯物を乾かす力があるのよ。だから、曇ってちゃ洗濯物が乾かないの」
「ふーん。じゃあ、どうやったらお日様は顔を出してくれるの?」
「それはね……」
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