オレンジ・タイム

32/38
297人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
 今日は奇しくも、とても鮮やかなオレンジの夕暮れだ。  オレンジ色の中を言葉少なに歩くのが好きだった。  フワリと香る緑都の匂いも、時折触れる肩も、伸ばせば握れる距離の手も。  苦い思い出になってしまった〝オレンジ・タイム〟を、もう一度温かい時間にしてくれたのは、紛れも無く緑都だった。  たった一日会っていないだけなのに、会いたくてたまらない。  あの声が聞きたくてたまらない。  不意に、陽和はキッチンに背を向けると、そのまま玄関へと向かった。  せっかく帰って来たのに書置きも残さず、そのまま外へ出ると、迷わず足先は進んでいった。 「はぁ~……」 「とんだ、天然爆弾だ」  桂佐が帰った後、二人は向き合って脱力する。 「緑都。今日は臨時休業だ」 「何言ってんだよ、お前」  唐突なことを言い出した玄に、緑都は慌てた。が、その顔はそこはかとなく怒っていた。 「魔王様。生贄を攫いにいくのですか」 「攫うのはお前の役目だろ」 (血祭りに上げる気だ)  怒りが沸点に達した時、手をつけられなくなるのは、緑都よりむしろ玄の方だった。  二人は急いで、閉店の準備と本日休業の張り紙を出す。  外の夕日は一層濃くなっている。  きっと今頃は、不安そうな顔の陽和が見られる事だろう。  二人の足は自然と速くなっていく。  オレンジに染まる河川敷を見る頃には、怒りより、むしろ心配のほうが強くなっていた。  フワリと吹いた風に、緑都は顔を背けた。  それはまるで、誘うような風の悪戯。  これから会いに行くはずの、寂しそうな存在がオレンジの光りを受けていた。  膝を抱えた頼り無い背中がそこに在る。  慌てて、隣を早足で歩く玄の腕を掴んで引き止めた。玄も一瞬で事態が飲み込めたように、軽く溜息を吐く。 「今日、家に戻ったってのはどうゆうことか、説明してもらおうか。陽和」  声を掛けられた陽和は、一瞬、肩を震わせ、それでも恐る恐る振り返った。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!