オレンジのプロローグ

1/2
297人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ

オレンジのプロローグ

――僕は、夕暮れのオレンジに染まる、温もりの中に居た。  好きで。大好きで。  でも、手の届かない人と共に……。――  西向きのキッチンは、夕日が差し込むとオレンジ色に染まる。  そんな日は、必ずティータイム。  六歳の頃から繰り返される、大切な時間。  ダイニングテーブルには大好きな人お手製の、オレンジのフィナンシェ。  少し遅めのティータイムに、いつしか付けられた名前は〝オレンジ・タイム〟。  ライトノベルの小説家らしい発想だと笑ったら、「ぴったりだから良いんだよ」と、その人に微笑まれた。向けられる瞳は、優しさと慈しみの色。  だけど、少し寂しさが滲み出る。 「僕はまだ中学生だけど……桂佐(けいすけ)さんが好きだよ」 「ヒヨちゃん」  いつしか募った想いが溢れ出てしまった言葉に、困ったように微笑む桂佐さんは、幼い子に対するような呼び方で僕を呼ぶ。きっとこの差が、僕とこの人の距離。  十四歳と二十八歳。  子供と大人の距離。 「困らせてごめんね。桂佐さん」  苦く笑った僕と大好きな人の顔に、刻々と濃くなっていくオレンジが、影を作っている。 「ヒヨちゃんは和穂(かずほ)さんの大切な子供だからね。僕にとっても……」 「泣いてないから。そんな顔しないでよ。ただ伝えたかったんだ。子供でごめんね」  自分の行動で、好きな人が困るのは見たくない。ただ、笑って欲しかっただけなのに、こんな顔をさせてしまうなんて。  『子供』のままでなんていたくない。  もう一度「ごめんね」と下げた頭を、強い力でわしゃわしゃと撫でられた。 「人の居ない間に何やってんだよ。ガキが」  キッパリとした、低い声が上から降ってきた。 「……和穂さ……ん」 「父さんっ」  呆然とした二人の顔を交互に見つめ、父さんが「ただいま」と悪戯っぽく笑うと、力強い腕で桂佐さんの腰を抱き寄せた。 「桂佐は俺の恋人だから、お前にはやれない」 「和穂さん」  父さんの腕の中で微笑む桂佐さんの顔は、あまりにも倖せそうで、自分の存在との差を見せつけられる。  自分が傍に居ても、大切な言葉を渡し続けても、こんなにも倖せそうな顔はしてくれなかった。 (その顔が見たかったんだよ)  父さんを選んだ人。  父さんが選んだ人。  二人の関係は揺ぎ無く――。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!