オレンジのプロローグ

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「良かった。桂佐さんが笑ってくれて」 「ヒヨちゃん?」 「父さんが撮影旅行に行ってる間、ずっと不安そうな顔したままだったんだもん。寂しさに付け込めば、あわよくば……なんて、思ったんだけど」  再び桂佐さんに暗い顔をさせたくなくて、敢えて明るく茶化した。 「子供の浅知恵だな」  父さんに鼻で笑われて少し悔しかったけど、その通りなんだから仕方がない。  ふと黙り込んだ僕の頭を、先ほどとは違う優しい温もりで、父さんの大きな掌が撫でた。 「お前の好きな(ヤツ)は皆、俺が奪ってしまうな。……ワルイ」  苦く呟かれた父さんの言葉に、隣で寄り添う桂佐さんまでもが痛そうな顔をしている。 「だーかーらーっ! 桂佐さんに二度とそんな顔させんなよっ! 一回っきゃ、言わないからなっ」  悔しさと綯い交ぜの寂しさと愛しさは、僕の中でこれから変化を遂げるのだろう。長い時間をかけて。  きっと、その一歩がここにある。 「僕は、父さんが不倫して、母さんと離婚したって痛くもなんとも無かったんだよ。あの時……六歳の時点で、自分の好意の対象が他と違う事に気付いてたんだから。母さんも気付いてたよ。毎日、汚い物でも見るような目で僕の事見てた。だから、僕を父さんの元に置いて行ったんだ」  大人二人は、黙って聞いていた。  自分の声しか響いていない静かなキッチンは、オレンジ色から菫色へと変化を遂げる。 「それでも僕は寂しくなかったんだ。父さんが写真を撮りに行く時は、必ず桂佐さんを傍に置いてくれた。桂佐さんも一緒に行きたいんだろうなって思ってたけど、これが、二人の……。僕から母親を奪ったことへの罪滅ぼしなんだろうって知ってたから、何も言わなかった」  僕は少し息を吸い、先に変化を遂げてしまった窓の外を見た。  そして二人に視線を戻し、静かに微笑む。 「もう、良いよ。僕は十分だから。これ以上、桂佐さんに寂しい思いさせないで。父さん」  腕の中で静かに涙を流す桂佐さんの頬をひと撫でし、倖せな顔に変えてから、父さんは僕に「分かった」と、深く頷いた。
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