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『いつか、二人の店を出そう』
遠い約束は今に繋がり、玄はオーナー兼フロア担当として、緑都は店長兼厨房担当として、この店を育てている。
「そうだ。シズ兄、店の前でお客さん待ってるぞ」
「それを先に言えよ」
玄は緑都に向ける視線よりも若干和らげながら、眉間に深い皺を刻んで睨み、陽和の頭をコツいた。
「魔王様、申し訳ございません」
「緑都に感化されるな、バカ者」
「まったく、緑都のせいで陽和に可愛気が無くなってきた」とぶつぶつ文句を口にしながら、玄は店のドアを開けに向かう。
ディナータイムの開店時間には、僅かに早い。しかし店はいつでも開けられる状態で、厨房も下準備は終わっている。客を待たせたくないという二人は、いつでも仕事が早い。
「陽和。フロアが忙しくなるまで、緑都の方頼むな」
玄がまた、口の片方だけを上げる笑い方で陽和を見遣り、厨房から去っていった。程なくして、フロアの方から数人の話声が聞こえてくる。
「オレ、先に着替えてくるよ」
自分がまだ、学生服のままだった事に気付き、陽和は慌てて厨房を出ようとした。
「陽和」
静かな声に、ビクン。と跳ねた胸を押さえ、陽和は緑都を振り返る。
「何?」
玄よりも緑都の声の方が、陽和にとっては自分を混乱させる恐ろしい魔の響きだというのに、急に、そんな静かな声で呼び止めないで欲しい。トクトクと速まる鼓動が押さえられないではないか。
「更衣室に、チキンサンドを用意してある。それだけは食って来いよ。育ち盛り」
最後はニヤリと表現したくなるような笑顔を向けられた。
緑都のチキンサンドは、陽和の好物の一つだ。一日三食でなど、健康な胃袋を持つ男子高校生の体は持たない。そんな陽和の為に、緑都はいつも軽食を用意しておいてくれる。
(カッコイイ)
そんな事ですら、ときめいてしまう自分の重症さ加減に少し落ち込む。
本当は、あれだけ毎日振られて、へこまないはずが無い。
――好きだから。
最初はただ、玄の悪友と、よく顔を会わせる玄の従弟の関係だった。
それが三年前、陽和は思わず桂佐に告白をしてしまい、どれほど父と桂佐が想い合って一緒に居るのかを自覚してしまった。
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