オレンジ・タイム

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 ニヤリと嗤われ凍る背筋に ズルズルと引き摺られる振動が響く。 「……どこ……に」  向かっている先の検討が付かず、耐えきれず聞いた陽和に、緑都は最高に愉しそうな顔で振り向いた。 「取り敢えず、玄の所」 「っつ!」  玄は大学進学と同時に実家を出ていて、自身の自立の為に多忙な毎日を送っていると聞いていた。そんな玄に、こんな時間から迷惑をかけるなんて出来ない。 「放してっ。帰る。帰るからっ。ちゃんと、家に」 「バーカ。家出する程の覚悟があるのに、何遠慮してんだよ」  家出するのと、他人に迷惑をかけるのは、覚悟の差など関係無い。  言い募ろうとした頃には、既に玄のアパートの前だった。 「ちょ、待ってっっ」  御近所に響かない様に小声で叫んだ陽和を、あっさりと無視し、躊躇いも無く、緑都の指はインターホンを押した。  ゆっくりと開かれて行くドアから、冷気のように冷たい怒気が流れ出して来る。 「ろーくーとーぉ……何度言わせれば……」  開いたドアから、地を這うような低い声が聞こえてくる。魔王の如く恐ろしい声に、陽和は肩を震わせたが、どうやら夜行性の地底怪人よろしく毎度のことらしい緑都は、笑みすら浮かべて対峙した。  魔王は安眠を妨害した獲物の横に、震える生贄を見つけ、怒気を戸惑いに変える。 「陽和……? どうして……」  玄は戸惑いながらも部屋に上げてくれて、三人でローテーブルを囲む。 「繁華街で一人、ふらふらしていたのを保護した」  そう緑都が告げた途端、紅茶を運んで来た玄が、再び怒気を孕んだ瞳で陽和を見た。 「まぁまぁ。玄。訳アリそうだから。多分、ずっと一人で抱えてたんだろ」  まるで見てきたような緑都のセリフに振り向くと、瞳の奥の優しい色にぶつかった。 「中学生には有るまじき栄養不足の肌荒れと、テスト期間中でもないのにクマなんか飼っちゃって」  苦笑しながら頬を突付かれ、俯いてしまう。  繁華街から玄の部屋に来るまでの、あの態度は何だったのかと思うほど、緑都の態度は柔らかい。その柔らかさは、何となく座り心地が悪いのに、むずむずとくすぐったくて温かく、初めての感覚に陽和は戸惑う。 「何で一人? 陽和、お前」
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