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「只今。」
「尾上様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです。」
林さんは律儀に寝ずに俺の帰りを待っていてくれたらしい。サラといちゃついていると少しでも疑った自分が恥ずかしい。
「ところで、どうやって帰って来たのですか。」
あちゃあ~、今聞く。
「サラさんの車だけど。」
「何ですか。どうしてですか。」
自分だけのけものにされた悔しさと、俺に対する嫉妬心で林さんの表情は虎と化した。今にも飛び掛からんばかりだ。
ピンポーン
ナイス・タイミングで部屋の呼び鈴の音がした。俺は、ダッシュで魚眼レンズを覗くと、やはりサラだった。
「どうぞ、どうぞ。」
俺は、夜中にもかかわらずサラを部屋の中に招き入れる。
「こんばんは。夜分お邪魔します。」
女子大生のサラのままだ。
「これは、サラさん。どうぞ、汚い部屋ですが、こちらへどうぞ。」
おい、おい、どこが汚い部屋だ。一泊何十万円すると思っている。
「実は、今日は林さんに折り入ってお話ししたいことがありまして、こんな夜中にも関わらず、お邪魔しました。」
「とんでもない。サラさんなら、いつでも、どこでも全然OKです。」
「そうですか、それを聞いて安心しました。では、お話しします。」
サラは、一度、俺の顔を見てから、話しだした。
「実は、私はこのサラという女子大生に憑依している神です。」
「確かに、サラさんは美しい。美の女神ですね。」
「だから、人間ではなくて、本当の神なのです。」
「はい、その美しさは人間離れしています。もはや、神ですね。」
恋はモクモクファームじゃなくて、恋は盲目か。聞く耳を持たない。
「あのう、弁財天様、お姿を見せた方が宜しいかと存じます。」
「そのようだな。では。」
日本名、弁財天、女神サラスヴァティーが俺たちの前に光臨した。
浄化する水の神、言語、芸術、学問の神で四本の手を持ち、2本で琵琶を、残りの手では、聖典と数珠を握る豊満で美しい女神だ。
「・・・・・・・・・」
その時の林さんの顔を表現する言葉は見当たらない。愛の虜となったという表現が最もふさわしいかも。俺も前もって聞いていなかったら、危なかったかもしれないな。
「若きオオカミのおかげで暗黒教団の件も無事片付きました。私はこの女から去りたいと思いますが、私が憑依した期間の女の記憶も消えるのです。わかりますか、今、私が去ればこの女は『ここはどこ、あなたたちは誰。』と大騒ぎするでしょう。警察も呼ばれ、もしかしたら、国際問題に発展するかもしれません。だから、今日、ここで貴方たちとはお別れです。短い間ですが、私に協力してくれたことを感謝する。」
「とんでもございません。こちらこそ、ありがとうございました。」
俺は慌てて頭を下げた。林さんも遅れて頭を下げる。
「私は、一度、この女の体の中に戻り、この女が自宅で眠りに着いた頃を見計らって、この女から去ろう。では、さらばじゃ。」
弁財天はサラの中に戻り、そしてサラは自宅へと帰って行った。
それを見送る林さんの顔には涙が一筋流れていた。その涙が意味するものは、高校生の俺には理解できなかった。
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