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最後は、美帆の一杯のお茶漬けらしきものだった。お茶の代わりに味噌汁みたいなものがかかっているではないか。一同、眼が点になった。声をあげて笑いたい、馬鹿にして笑いたい、ふざけるなと怒鳴りたい、みんな違っていた。
ところが、天一郎の様子は違った。クワッと眼を見開き、料理をサラサラと喰らう。あっという間に、平らげるではないか。その場にいた者たちの驚きようは、たとえようがない。一人、美汐だけは優しく見つめている。
「美帆だったか。どうして、これを。」
「はい、私、小さい頃、母が忙しくってお祖母ちゃん子だったんです。一度、私が風邪ひいて食欲がない時、おかゆがきらいな私に作ってくれたんです。温かいご飯に、伊勢タクアンとサメのたれを細かく刻んで、冷や汁をかけるだけ
。でも、伊勢タクアンの食感とごまと味噌の旨みが食欲を誘ってくれたんです。サメのたれがほどよくスパイスになっているし、それより、何より、お祖母ちゃんの『早く良くなってね』という優しい笑顔が子供心に嬉しかったのを今でも覚えているのです。」
「そうか、そうか。勢津美(せつみ)が作ってくれたものか。ワシもよく作ってもらったもんじゃ。懐かしいのう。」
天一郎は涙腺崩壊、涙が止まらない。ひとしきり泣いた後、天一郎は食堂にいる者たちに、講評を語り始める。
「帝人、京介、その若さでこれほどの見事な腕前。才能もあったろうが、良き師匠につき、精進を積んだことはよくわかる。しかし、これでもかって腕前をひけらかそうというか、己の技に酔いしれておる。ワシが胃がんの病人であることを忘れておるではないか。」
帝人、京介は雷に打たれたように、身を震わせた。天一郎は、世界中の三ツ星レストラン、一流料亭を食べ歩いた食通として知られている。自分たちが作る料理よりも美味しいものを食べ飽きていることだろう。まだまだケツが青い、井の中の蛙大海を知らずと罵らないのは、やはり、自分たち孫が可愛いからであろう。
「エリザベス。付け焼刃でよくぞここまで腕を磨いたものよのう。発想も斬新で褒めてあげたいが、やはり、この年寄り、病人の身には、しつこい、重いのじゃ。」
エリザベスは、神妙な表情でうつむくが、何故か嬉しそうだった。
「その点、美帆の料理は地味で質素だが、優しくて思いやりがある。何より、祖母から母親、孫へと家族の絆がきちんと結ばれておる。他の三人の祖母たちとも、思い出の料理があったのじゃが、それは伝わってなかったようじゃな。残念じゃ。」
天一郎の言葉に、美汐以外の三人の娘は黙ったまま、うつむいていた。
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