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「ご苦労じゃったな。まあ、そこに座れ。おい、あれを出してあげなさい。」
上機嫌の爺さんは、執事に命じて、俺に、奈良県名物の柿の葉寿司を出してくれた。
「おっ、爺さん、気が利くねえ。柿の葉寿司なんか、久しぶりだよ。関東ではなかなかお目にかかれない代物だからさ。」
依頼された仕事で疲れて帰って来た俺の体が喜ぶのなんのって。朝飯代わりに、熱いお茶でパクパクいってしまう。
柿の葉寿司に使われている柿の葉はビタミンCが豊富で、ポリフェノールの一種であるタンニンが多く含まれ、抗菌・抗酸化作用に優れ、すし飯を乾燥から防ぐ以外に保存性を高める効果がある。また、鯖をはじめとする青魚にはコレステロールを減らし、動脈硬化を防ぐ成分が含まれている。すし飯に使うお酢の効用は今更言うまでもないだろうよ。
海の幸、山里の恵みが凝縮された柿の葉すしには先人たちの知恵が沢山詰まっているけど、関東ではあまり知られてないのが悔しいぜ。
「コッホン、尾上皇君、例の物を教えてくれたまえ。」
急に口調を改め、無理に神妙な顔をつくる爺さんが滑稽を昇華して、可愛く見えるから不思議だ。
葛城 聖宝斎、役小角の末裔。真言密教の奥義を究め、大峰山の奥駆けを再興した高僧、聖宝の生まれ変わりと言われるほどの神通力を誇る修験道の巨星だ。その力は計り知れなく、昭和が生んだ最後にして最大のフィクサーと呼ばれ、政財界のトップもこの爺さんには逆らえない。総理大臣も就任の際、秘かに挨拶に来るほどだ。
「例の物って、クローンマンモスのデーターかい。」
「お主、なかなかのワルよのう。わしがそんなもの欲しがるわけがないのを知っておってからに、それを言う。」
「教えてやるけどさ、それをどうするのか、教えてくれないのかい。」
「それは、企業秘密をいうものじゃ。わしんとこには、国内にとどまらず、国際問題が複雑に絡み合って押し寄せてくるから、大変なのじゃ。たとえ、お主でもカードは秘密で、教えるわけにはいかんのじゃ。」
「ふ~ん、そうなんだ。」
何となくはぐらかされたような気がする。実際、俺がやったことは、いくら日本とアメリカの国境の微妙な位置にある島といえ、アメリカの基地を問答無用で破壊したんだから、アメリカに喧嘩を売ったことになる。アメリカに尻尾を振るあの日本の総理大臣が知ったら、腰を抜かすに違いない。
「まあ、お主が三輪と夫婦(めおと)になるのなら、教えんでもないが。」
この狸爺、いや天狗爺めが。そう、来たか。
「お断りいたします。」
「そうか、残念至極じゃ。」
顔は笑っているが、両の眼が妖しい光を放っている。これは、危険だね。
俺は、あのオバサンのスマホの電話番号とメルアドを爺さんにきちんと教えてやった。
「うむ、報酬はお主の口座に振り込んでおいた。確認するがよい。」
俺はスマホで銀行の口座の預金高を確認した。確かに、超高額な報酬が振り込まれていた。
「おおきによ。爺さん。また、仕事があれば、いつでも言ってくれや。」
「そのときは宜しく頼む。それと。」
「まだ、あるのかい。」
「たまには、遊びに来てくれ。三輪の話し相手になってやってほしいのじゃ。あれは両親がおらず、寂しい想いをしておるからに。」
「わかった、気が向いたらな。じゃあ、あばよ。」
俺は、爺さんの屋敷を自分の足で出た。あのお嬢様が両親がいないのは何となく匂いでわかっていけど、実際に聞かされると、気になるのは確かだ。
「やばいぞ、やばい。」
俺は頭を振り、足を速める。
空にはモーニングムーンが輝いていた。
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