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「久しぶりだね。ねえ、もしかしてあれが君の彼女。」
俺がちょっと三輪と離れたすきを狙って、図書館の司書、無造作に髪を縛り、牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけた地味な女性が声をかけてきた。やけに、馴れ馴れしいし、上から目線だ。
「・・・・・・・・」
この声、この偽りの地味な装い、見覚えがある。俺の全身の血が凍った。
「冷たいのう。わらわを忘れたのか。」
「とんでもございません。再びお会いできて光栄です。太陽が西から昇ったとしても、美雪妃様のことを、忘れるわけがございません。只、返事をすることが雪女の掟に背くかどうか恐ろしかったのと、どうして美雪妃様がここにいるのか、驚いたのです。」
「オホホホ。そうかい、それは悪かった。わらわの方から話しかけたんだし、他の人に話すことを禁じておるのだから、お主と会話する分にはよいのじゃ。
それと前に話したじゃろ。暑い夏、わらわがクーラーが効いた図書館の司書をしていることを。」
「はい、確かにそうお聞きしましたが、まさかここだとは思いもしませんでした。はい、すみません。」
俺はこれでもかって低姿勢だ。この雪女の機嫌を損ねると、一瞬でこの図書館にいる全員の樹氷ができるから。
「まあ、仕方あるまい。それで、わらわの質問に答えてくれぬのかな。」
「はい、彼女です。」
俺は、美雪妃の瞳をしっかり見つめ、シンプルに力強く答えた。余計なことを言って機嫌を損ねても困るし、興味を出されて試されても困るから。
「そうかい、そうかい。今どきの若い子は、はっきり言うの。熱いくらいじゃ。ところで、何を調べておるのじゃ。」
「・・・・・・・」
俺のだんまりに美雪妃様は、ニヤリと笑った。
「何かお探しでしょうか。お力になりたいのですが。」
「はい、彼女と旅行に行く場所を調べています。」
「それは、それはお熱いことで。どのような場所をお探しですか。」
「・・・・・」
俺が返答に困っているところへ、三輪がやって来た。超ラッキーだ。
「皇君、見て。ここなんか、どう。」
美雪妃様に眼もくれず、俺の腕を引っ張り、元の机の席に連れて行く。
俺は三輪が夢中になって説明するのを聞いていたが、美雪妃様が新しい玩具を見つけたかのように微笑んだことを知らなかったのである。
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