火を吐くドラゴンってか

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火を吐くドラゴンってか

「すみません、俺は特上うな重。鰻の骨も宜しく。」  このまま家に帰るのも癪なので、林さんに鰻の専門店、そこそこ老舗の有名店に寄ってもらった。予約なしだから、仕方ない。もちろん、魔鬼と戦鬼の双子姉妹も一緒だ。 「おい、遠慮しないで注文しろよ。俺の奢りだから。林さんもね。」 「そうですか。では、私も特上うな重を。」  奢りと聞いてすかさず注文する林さんに対して、姉妹は困惑している。 「どうした。もしかして、鰻を食べたことないとか。」 「はい、実は私たちの国では鰻なるものを食べる習慣がないのです。」 「まあ、仕方ないな。タコを食べる習慣がない国もあるからな。まあ、話のネタに食べて見ろ。口に合わなかったら、残せ。俺が食べるから。すみません、特上うな重を二つ、追加。」 「ご注文ありがとうございます。暫くお待ちください。」  店員のお兄さんは、久しぶりの上客にスキップをせんばかりに、喜んでいる。もっとも、どちらかと言うと美人姉妹に心を奪われている様子だけどな。三輪を連れて来なくて、正解だよ。女の嫉妬ほど、怖いものはないからな。  ここのお店も注文を聞いてから、鰻を捌き、炭火で丁寧に焼き上げるので、時間がめっちゃかかる。 「日本人はせっかちなので、すぐ料理が出てくるものだと思っていた。」 「これ、戦鬼姉さん。すみません、姉は思ったことをすぐに口に出してしまう性格なんです。」  頭を下げる魔鬼なんだけど、一人っ子の俺には何だかうらやましい。 「気にするな。それより、戦鬼さん。アメリカ人たちに、何か変なことはされなかったかい。」 「鋼の鉄人に倒されて目覚めたときには、すでにヘルメットをかぶされていた。意識を失っている間のことはわからないが、特に体に異変はない。どう、魔鬼。何か、観える。」 「はい、透視しましたが、特に異常はありません。」 「ヘルメットをかぶされていることの他に、特に困ったことはなく、何かお姫様みたいな扱いを受けた。食事なんか、フランス料理のフルコースだった。」 「えっ、フランス料理、マナーは大丈夫。ナイフとフォークは使えたの。」 「それが、アメリカ人の紳士が丁寧に教えてくれた。」  ビジョン・スカイネットのにやけた顔が浮かんだ。 「どう、美味しかった。」 「それがだ、味は上品すぎたし、腹がふくれなかった。」 「姉さん、もう、やめて。恥ずかしいわ。」 「正直に言って、何が悪い。」  小競り合いに夢中になっている姉妹を見つめる林さんは、実に幸せそうだった。脳内では、戦鬼と結婚して、魔鬼にお兄さんと呼ばれて、デレデレになっていることだろう。 「それより、お前、若いくせに腕が立つな。私が見る限り、この国では最強。私より少しだけ強いかな。鋼の鉄人には負けたけど。」 「はい、おっしゃる通りでございます。御代官様。」  慌てる魔鬼だったけど、本当のことだから仕方ない。  あの日本が世界に誇る超人気漫画「北斗の拳」の主人公、北斗神拳伝承者のケンシロウだって無敗ではない。何度か、強敵(とも)に負けている。しかし、ケンシロウの凄いところは、必ず復讐している。リベンジに成功しているのである。俺だって、ケンシロウに負けていられない。あの拳法ロボットを、 ボコボコにしてくず鉄にして爺さんの庭にオブジェとして飾ってやる。 「あのう、尾上様。メッチャ、悪い商人の顔してますよ。」  笑ってごまかす俺の前に料理が運ばれてきた。みんなの分も、一緒だ。 「さあ、喰おうぜ。」 「いただきます。」  暫くの間、おかしいくらい全員、無口だった。喋るのも忘れて、食べることに夢中になっていた。鰻は国産で鮮度は抜群、選びに選び抜かれた米、薬味、山椒。鰻の焼き方は外はパリッと中はふんわりで、鰻の嫌味も見事に消している。タレはもう秘伝としか言いようがない。初めて食べた姉妹も、至高の口福、幸福を味わっていた。五感総てが、満足。それだけ、この店の鰻料理が美味しいのである。
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