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「手を繋いだ相手。俺の、母親。もう死んじゃったんだけどね、死ぬ前……手を繋いで、歩いた。ここじゃないけど、桜の綺麗な道で……何を話したかは、覚えて…ないんだけど」
「お母さん……」
「だから、可愛いとか好きだとかは分からないなぁ」
茶化すように言う寿彦さんに、急に恥ずかしくなる。
「…ごめんなさい…変な嫉妬しちゃって」
「いや、大歓迎だよ」
『……明日も、来ますよ…?』
『大歓迎』
ふと思い出した。
「嫉妬してくれるうちが花ってね。有り難く、受け取っておくよ」
あの時みたいに頭を撫でる。
「僕は…有り難く、ないですけど」
他の誰かの存在を気にして、不安になるのは。
ふっと、春風のように笑う声がして、
「俺はーー」
抱き締めてくれる腕に、
「俺は、千樫が一番だよ。どんな事でも」
不安が、溶けていく。
〝一番〟なんて、そうそう貰えるものじゃないから、
「……」
言葉に、詰まる。
「あれ、何か言わないの。嬉しいだとか、そこまではうざいだとか」
「……意地悪」
唇を俺のそれでもらう。
「知ってるくせに…」
俺の心なんか。言わなくたって。
「僕は…一番とかじゃなく。寿彦さん…だけ……だから」
目を閉じて桜を消して、
寿彦さんが、降るのを待つ。
「……俺の方が…」
続く言葉は、降る花びらのように優しいキスに、誤魔化された。
〝君だけだから〟
そう言ってくれたら、嬉しいけど。
「僕の方が…です」
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