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飢えたよう
人はいくら満たしても満たしても満たしきれない、強欲な生き物なんだと思う。
……俺だけかも、しれないけど。
「あ…くる?」
夜、隣の布団から睨むようにしていた俺の視線に気づいて、寿彦さんが掛けていた毛布を開いた。
「……」
前は『おいで』だったんだ。それが、
新しい布団なんか、買ってくれるから。
俺は何も言わず寿彦さんの布団に入った。
布団が二つあるなら、別々で寝ればいいのは分かる。一つに二人じゃ狭いし、寝づらいし、翌朝体のどっかしらが痛くなるっては分かってるんだ。分かってるんだけど。
「何…考え事?」
「……」
しばらくふてくされてようかとも思ったけど、俺と寝る事で…枕の位置がずれて次の日首が痛かったり、腕枕で…痛くなっちゃったりしたら可哀想なので……やめた。
「…何でもないです」
毎日一緒に、寝たいけど。
寿彦さんが〝くる?〟って聞いてきた時だけで……我慢しよう。
「いつまでこうして来てくれるかなぁ」
人の気も知らないで、背中をさすってくる手のひらに…まだ、むくれたまま。
「…行きますよずっと」
寿彦さんが〝おいで〟って、言ってくれるなら。
「けど、寝にくいでしょ」
「…寿彦さんと離れてる方が、ずっと…寝にくいです」
パジャマの胸に頬を寄せる。
寿彦さんが、ふっと笑う振動が伝わる。
「じゃあ、布団買った意味ないね」
「そうです。ないです」
「じゃあ買う時止めてくれれば良かったのに」
「え、だって…寿彦さんが、そうしたいのかと思って」
「俺は…千樫が次の日寝違えたりしたら、可哀想だと思って」
「僕も、寿彦さんの仕事に支障をきたすんじゃないかって、それで」
お互い、同じ様な事を考えてた?
本当は、寿彦さんもーー
「支障…きたすような事……確かに、するかもね」
「…あっ」
背中から、パジャマに侵入してきた手のひらが…俺の素肌に触れる。それだけでいつも……胸が、ドクドクいって、
「…っんぅ…」
息が…うまく、できなくなって、
自分が……おかしくなるのが…分かる。
「っは…ぁ…」
胸なんて、ないのに。何で…寿彦さんに触れられると…こんな、
「ずっと触れていたい…千樫に」
寿彦さんを見つめる俺は…今、どんな顔…してるだろう。
「千樫が、許してくれるなら」
あぁきっと、言葉のままだ……
「触れて下さい……もっと…もっと」
もっと、寿彦さんに愛されたい。
次の日の事や、他の事。
俺の事さえ構わずーー無我夢中に、
俺を。
求めてくれれば、いいのに。
もっと。
強欲な生き物は、俺だけじゃ…ないんだって、
そう…安心させて。
「どうなっても…知らないよ?」
「…はい…」
どうにかなって、しまいたいんだ。
俺だけじゃなく、寿彦さんと。
埋めてもらうと…満たされる。
その時は。
でも抜けてしまうと、減っていく。
寿彦さんが。
飢えたよう。
また求めてしまうんだ。
毎日だって。
いつまでも。
「わがまま…言っても、いいですか」
上半身を起こして、パジャマを探す寿彦さんの背中に、くっ付いた。
「あ…ノルマだ」
「ふふっ…そうです」
後ろから腕を回す。
「風邪引いても…今日は…このまま……寝たい、です」
素肌のまま、寄り添って。
振り返る寿彦さんは嬉しそうに顔をしかめて、
「う〜んそれは……わがままだねぇ、確かに」
あったかくなってきたとはいえ、夜はまだまだ寒い。
「ダメ…ですか?」
「ダメって言ったらどうする?」
「そしたら…」
諦めるしか、
「言わないけど」
不意に強く引き寄せられ、
「っあ」
勢いで、寝っ転がった寿彦さんの胸に倒れ込む。
「しょーがない。久し振りに、風邪でも引くか」
わがままを言う子の頭を撫でる。
「ダメです、引いちゃ」
わがままな子は、無茶を言う。
「けど寒いし」
「じゃあ僕で、あったまって下さい…」
「あったまるような事、してくれるの?」
楽しそうに笑う寿彦さんが、
「…しますよ…何でも」
優しくて…けど時々、こんな意地悪を言う寿彦さんが、俺は……
「…好き」
さらに汗かいて本当、
風邪引かせちゃったら……ごめんなさい。
「好き、だから……」
先にそれを詫びるように、
労るように、キスをした。
「寿彦さん……」
あぁ本当、
「ご褒美の…前借りだ」
「あ……っぅん」
倍にして返してくれるキスに、また……
疼いてしまう。
人はいくら満たしても満たしても満たしきれない、強欲な生き物なんだと思う。
本当。
翌朝、首や腕どころか全身のだるさを感じながらも、それでも、
あんな夜が毎日続けばいいなって、思ってるなんて。
飢えたよう、
いくら貰っても…足りないんだ、
寿彦さんが。
本当。
本当、欲張り。
その日の夜から俺用の布団は、押し入れで、
わがまま言わずに……眠ってる。
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