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ブランディは、さよならを知らない
薄青く、低い空。遠くには入道雲が見える。
開け放した校舎の窓越しに、セミの鳴き声。グラウンドを跳ねて行く無数の足音。
海辺から迷い込んで来た海鳥が、私の直ぐ近くをふらふらと滑空している。エンジンも硬い翼も制御盤も使わないのに、私と同じ生温かいものが宙を滑って行くのが不思議だった。
夏休みの半ば、私の通う尾道中学は途中登校日だった。
部活をしている子達は、夏休みも冬休みも関係なく学校に来ているけれど、私はそういう類いのものはしていない。流行りのガールズバンド部だとか、周りの子が好みそうなものも、私にとっては無関係。
それなのに、三年生になってから直ぐに、アイツのバンドに組み込まれてしまった。
私の風。久谷レンという、気まぐれの化身に。
レンはいつも、世界のざわめきからはみ出したような、島の西側にある秘密の浜の堤防に一人で座っている。今日だって学校に姿を見せていない。どうせまたサボって、あそこで暇を潰しているに違いなかった。
バンドの練習以外では、レンはいつもいい加減なので、男として真剣さを磨くとか磨かないとか、授業の出席率が良いとか悪いとか、時々、そういうどうでもいい事で喧嘩になる。
どうしてそこまで本気になってしまうのか、実は自分でもよくわからない。去年の夏休みに告白されて付き合い始めた時は何でもなかったのに、ここのところ、私は毎日意味不明な不安や焦りに押し潰されそうになる。
朝起きて夜眠るまで、ずっとモヤモヤしたものが私の頭の中で円を描いている。とても不完全な円。くるりと回った先で、果たして本当に元の起点に戻るのかどうかさえ、怪しいものだ。
「秋理!」
何処かから、私を呼ぶ声が聞こえたので窓から顔を覗かせると、坊主頭が目に入ってきた。バンドメンバーの一人で、レンの親友の岳屋英介だった。名前はエイスケと読むのに、メンバーは全員、英介の事を「ヒデ」と呼んでいる。
秋理というのは私の名前だ。秋の理と書いて「シュリ」と読む。
「何や、でかい声で呼ぶな」
「お前、レン知らん?」
「知らん、ヒデこそ電話掛けてみたらええのに。あんたら親友ちゃうの?」
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