ブランディは、さよならを知らない

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 記憶力は努力ではなく、情熱で左右されるものなのだろうか。  何かを覚える努力を、マラソンのように息咳切らせてするよりも、ただ「それが好き」という一直線な気持ちだけで自由に覚えられるというのは、大人が知らない、この世の中の才能の一つだと思う。レンの記憶力と忘却の二極化したところは、きっと今のところ、私しか知らない事だ。 『とにかく七時な、アツとヒデはどうしてん』 「アツは八時くらいに合流するとか、ヒデが言うてた。ヒデは準備するから言うて、先帰りよったけど」 『せっかちやな。でもあいつ、文化祭で俺等のバンド、どうしても成功させたい言うてたから。俺等、学校にはきちんと部活動として認めてもらってへんしな。女子だけ軽音部とかあるのにな、おかしいと思う。男女差別や』 「知らんわ。そういえば曲、各自やりたいやつを持ち寄るとか言う話やったけど、レンはもう決めとんの?」 『当然ガンズやろ、あれぞロックや』 「そんなもん出来んわ、私聴いた事ないもん」 『そんなら今日聴けばええやん』 「聴いたかて英語わからへん。私ヴォーカルやで。歌詞かて、わからんし聴きにくいしで覚えられんわ。本番、何かヘニョヘニョしてしまいそうなの、嫌やもん」 『まあ、とにかく夜集まってから決めればええやん』 「言うたかて、あんたら途中から絶対ゲームし出すやろ」 『多分な』  あまりにレンがきっぱりと言ったので、溜め息が出そうになった。ついた分だけ幸せが逃げるって言うけれど、本当なのだろうか。だとしたら、私はもう一生、幸せになれないのではないか。  若いという事は、きっと何もかも得な事ばかりという訳では無いと思う。   ブランディというのは、島の大通りから少し南に入った路地裏にある、古びた喫茶店だ。今は普通の喫茶店だが、昔は違ったらしい。  経営している内田というオバちゃんの亡くなった旦那さんが音楽好きで、ジャズ喫茶とか、ブックカフェとか、私がよく知らないものを色々としていたのだという。  しかし、昼間は開いていない。ブランディは夜の顔だ。昼は、店の裏側部分を使って駄菓子屋をしている。私達には、そっちの方が馴染みが深かったが、どういう訳かヒデがオバちゃんと物凄く仲が良い。私達が知り合うより、ずっと昔から知っている人なのだそうだ。
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