ブランディは、さよならを知らない

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 直ぐそこに見える尾道水道の渡船場から聞こえてくる汽笛の遠吠え、いつもと違う方角から私の髪と頬を撫でていく海風。微かな潮の香り。見慣れたもののはずなのに、違うもののように見える。まるで二人で、新世界に来てしまったみたいだ。  私とレンは今、ブランディへ向かっているけれど、じゃあ、私たちのバンドは文化祭が終わった後に何処へ向かうのだろう。大人になっても、解散せずに続けているのだろうか。  きっと、そんな事はないと思う。私たちのバンドは退屈しのぎじゃないし、「中学最後の文化祭で、世界を掻き鳴らすようなバンドライブをやりたい」というレンやヒデの情熱の賜物だ。  しかし、私はレンにバンドに誘われるまで興味も無かったし、加入したのだって、レンの情熱に巻き込まれての事だ。別に嫌じゃなかったけれど、それは情熱と呼べるような意志ではない。  やりたいことが無いと言えば、嘘になる。しかし、それは輪郭さえ覚束ない程、ぼやけたものだ。レンやヒデのように、ひたむきな情熱を注げるようなものは、まだハッキリとは見えない。  ただ毎日が当たり前のように、いつまでも続けば良いと思っている。ずっと今が続けば良いのに。  しかし、いくら私がそう思っていても、きっと未来は待った無しにやってくる。  ブランディに着くと、入り口付近でヒデが待っていた。夜七時前。何とか間に合ったようで、店の奥から内田のオバちゃんが顔を覗かせた。  私は、ブランディに来るのはこれが二回目だ。いつもは学校の音楽室だとか体育館を借りて練習をしているし、前に来た時は去年このバンドに誘われて、新メンバー紹介という名目だった。だから、本格的にここへ来るのは、きっと今日が初めてという事になる。 「レン、やりたいやつ持ってきた?」  ヒデが言うと、レンは自慢げにガンズ・アンド・ローゼスのCDを取り出した。中のディスクもパッケージもピカピカとしていて、手入れが行き届いている。 「アツ、もしかしたら早く来れそうかもやって。東広島の親戚の家から直接、おとんに送ってもらうとか言うてた。電車やと待ち時間で余計な時間取られるもんな」  そういう問題ではない気がする。だって、もう夜の七時だ。放課後ではないのだから、絶対に親か見知りの大人と居た方が良いに決まってる。
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