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「あなたは覚えていないと思いますけど……」
そう前置きをして、
彼女は花束にフィルムとリボンを掛けながら続けた。
「半年前、私がここにお店を開店する前日……
その日もお花の搬入に追われていて、何日もまともに休んでなくて結構参ってたんです。
私……ちゃんとやっていけるかなって、不安で……」
手元に視線を落として、またちらっとこちらを見る。
「その日は風が強くて、外に出た時、首に巻いていたストールを風に飛ばされてしまって。
それを拾ってくれたのが、お客様の車をお見送りしていた、あなただったんですよ」
あ…………
そう言われて頭の中の記憶を辿ると、
確かに、桜色のストールを拾ったことをぼんやりと思い出した。
あれが、彼女だったんだ…………
「どうぞ、ってストールを手渡してくれたあなたの指先が、
私なんかよりもずっと荒れているのを見て、あぁ……この人も頑張って働いている手をしてる……って、そう思って。
なんか、たったそれだけなんですけど、
あのとき凄く勇気づけられたんですよ、私。」
「え、あ……す、すいません……汚かったっすよね」
こんな、黒ずみが染み付いて落ちない手で拾ってしまって……
俺がそう続けようとすると、
「違いますっ、そうじゃなくて!」
と彼女は慌てたように顔を横に振る。
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