チョウさん

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 チョウさんは蝶野さんでも、長介さんでもなく、張さんだ。 「本当はチャンって発音するんだけど、日本の人はみんなチョウって読むから、チョウさん」  言われなければ外国人だとはまったく気づかない、流暢な日本語でチョウさんは笑う。  フリーターの僕とは正反対に、チョウさんは有能なビジネスマンだ。そんな彼がなぜこの田舎町に住んでいるかと言えば、大手衣料品メーカーの本社があるからで、彼は三十代半ばにも関わらず、その会社の重要なポストに就いている。海外にも百店舗以上出店していて、チョウさんは主に中国での事業拡大の業務にあたっているらしい。そんなわけで、中国と日本を行ったり来たりの多忙な生活だ。  そんな忙しいチョウさんはしかし、日本にいる時は決まって僕と一緒に過ごしてくれる。どんなに疲れていても、僕のために食事を作り、僕が大好きなチョコレートケーキを買ってきてくれ、とびきりあまいセックスをしてくれる。後ろから僕をぎゅっと抱きしめて眠り、朝目が覚めると体の隅々まで丁寧にキスを降らせる。そして、「このままずっと離れたくないなあ」なんて言いながら、名残惜しそうに、でもビシッとしたスーツとネクタイで決めて、颯爽と仕事に向かうのだ。  お洒落でスマートな恋人。僕はそんなチョウさんが大好きだ。
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