A.D. 2085

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逆に一番ウィットに飛んでたのは、 デビット ネッガーのこの一文であろう。 コロニーから見下ろす地球は、 昔食べた青いキャンディーとかわらず見えた。 違うのはその大きさ。 この宇宙に浮かぶ大きな甘いキャンディーに (むら)がる小さなアリ達。 それを想像すると気持ち悪さと同時に、 そこから抜け出した解放感を感じる。 この生徒の所感(しょかん)はともかく、いずれにせよ、 この日の出来事は、全ての人間の記憶に、 色濃く残る事となったのである。 多くの生徒達の記録はこの後、 日記と言う形で残される事となるのだが、 その中でほとんど日記を残さなかった人物が いる。 アマテラスコンビと呼ばれた双子の兄妹である。 そんな双子の(わず)かに残された日誌の中に、 この日の事が残されている。 日記の本質がその日の表象や情感を残すものだとするなら、その二人のそれは日記ではなく 報告書のようなものだったが。 それほどまでに無機質で、 無表情な所感(しょかん)(はぶ)いた記録でしかなかった。   宇宙歴元年。 この日人類初の宇宙訓練所の生徒に選ばれた 総勢(そうぜい)42名と我々双子の二名は無事入港(ぶじにゅうこう)をはたした。 人類の新しい実験は第2フェイズに移行(いこう)する。 以上が(わず)かに残された双子の日誌である。 あまりに少ないこの双子の日記に対し、 一番多くの記録が残ることとなったのは、 その他大勢の日記に必ずと言っていいほど この二人の存在が出てくるからである。 その意味ではこの二人は、 人々の目線の中にだけ存在し、 その本当の人物像をしる者は少ない。 それが今もこの二人が神話となって語られる 由縁(ゆえん)であろう。 なにはともあれ宇宙世紀0年。 華々しい人類の新世紀はこうして まくをあげたのである。 宇宙に浮かぶ希望の揺りかごアトロパテネの中は、 いまだ平穏な栄光に包まれていた。 この時誰も予想してなかった。 輝かしき人類の栄光に(ひそ)む影に。 (のち)に語られる事となる、 箱庭(はこにわ)事件の火種の影が見えずくすぶっている事に、 (いま)だ気付く者はこの時いなかった。
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