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「火、貸しましょうか?」
カスカスとライターを鳴らし続ける彼を見兼ねて、つい声をかけてしまった。
今思えばライターごと渡せば良かったと思うのだが、狭い喫煙所の絶妙な距離感もあって、着火したそれを差し出したのだ。差し出された小さな火と私をしばし見比べて、オイルの切れた自らのライターをポケットに入れた。
「どうも」
きっと、それが初めて聞いた彼の声だった。見た目通りのぶっきら棒な口調と、想像よりも低くて、少し掠れた声が耳に残っている。煙草を咥えていたままのせいで、少し滑舌は甘かった。
体を屈ませ、指の間で固定した煙草の先端を火の先端へと近付ける。じりっと先端の巻紙が燃えて丸まり、赤く鮮烈に光を帯びるとすぐに黒く濁っていった。そこからふと視線をずらすと、俯向く少し無防備な彼の表情がある。
睫毛長いな。そう、しみじみと胸のうちで呟いた。
紫煙の向こうに見える人差し指と中指はスラリと伸びていて白い。整え過ぎていない丸い爪になぜか安心した。
そんな観察をしているうちに彼は離れていき、ようやくありつけたそのひと時を存分に吸い込んでいる。ため息のように吐き出される白い煙。私の吐き出した煙と彼の煙が混ざって、ガラスで覆われたその部屋を満たしていった。
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