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どこか戸惑うように聞き返した彼に、苦い思いが込み上げてくる。
完全にプライベートだろう彼に親しくもない私が声をかけるべきではなかった。そしてそれ以上に、顔は覚えていたんだ、とささやかすぎる幸福に喜ぶ自分が憎い。そんな思いが入り混じって、すぐにでも踵を返して去ってしまいたかった。
「すみません、まさかここで会うとは思わず……お子さん、この先の幼稚園ですか?」
「あ、この子は……」
「おじさん、おなかへった」
おじさん?その呼び方だと、八尋さんの子供じゃないのだろうか。もしかして、付き合ってる彼女はシングルマザー?確かに子供もいるから、と言って煙草も嫌がるのは分かるかもしれない。
八尋さんが子供といるという現実を突きつけられた衝撃と、久しぶりに会えた喜びで脳は驚くほど速い回転を続けていた。
手を引き催促を始める男の子に、八尋さんは困ったように眉尻を下げる。それもまた、新たに見た表情だ。
「急に声かけてすみませんでした。私はこれで……」
「あの」
「え?」
「そこのファミレスで、ご飯でもどうですか?」
思いもよらない誘いに、一瞬時間が止まった。
そして徐々に思考が戻ってきて、帰って夕飯を作るのは面倒だな、とか、確かに近くのあのファミレスは味も悪くなかったな、とか。とにかくいろんな言い訳を思い浮かべ、気付けば頷き返していた。
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