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その視線の意味を考えているうちに、男の子へと首を振る。
「いないよ。仕事が忙しくてそれどころじゃない」
「お仕事いそがしいと、カノジョできないの?」
「まぁ、人によるかな……」
「ふ~ん」
それだけ聞くと満足したのか、セットのコーンスープを男の子は飲み始めた。
男の子の質問に何となく空気が緩んだような気がして、口を開く。
「あの、彼女いないって……」
「むしろ、どうしているなんてことに?」
「喫煙所に来なくなったのは、煙草嫌いの彼女が出来たからだって噂になっていたので」
「なるほど。でも、違いますよ」
「じゃあ、どうして急に禁煙を?」
「この子に言われたんです」
「あ」
噂話をしていた社員の話を思い出す。
『匂いがして嫌って言われた』、という話をしていたが、確かにその主語が彼女だとは誰も言っていない。
「それで、世話してる間だけでも我慢しようかなって……」
「会社にいる時もですか?」
「この子鼻がいいんですよ。1回でも吸うと気付かれて……」
肩を落とす彼に、男の子はふんと鼻を鳴らした。
「おじさん、いいにおいになった。せっけんのにおい!」
「そうだね、ありがとう……」
「……そうだったんですね」
それじゃあ、私は完全に1人で勘違いしていただけになる。勘違いして、もう会えないのならと禁煙して、無駄にイライラして馬鹿みたいだ。
でも、そんな自分が可笑しくて笑えてきた。
「ふふっ……」
「急にどうしたんですか?」
「いえ、何でも……」
しばらく笑いは止まりそうにない。
そんな私を見ていた八尋さんは、その長い睫毛の生える瞼を伏せる。その表情を、まさか喫煙所以外で見られることになるとは思わなかった。
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