喫煙OLの楽しみ

9/10
前へ
/10ページ
次へ
 その視線の意味を考えているうちに、男の子へと首を振る。 「いないよ。仕事が忙しくてそれどころじゃない」 「お仕事いそがしいと、カノジョできないの?」 「まぁ、人によるかな……」 「ふ~ん」  それだけ聞くと満足したのか、セットのコーンスープを男の子は飲み始めた。 男の子の質問に何となく空気が緩んだような気がして、口を開く。 「あの、彼女いないって……」 「むしろ、どうしているなんてことに?」 「喫煙所に来なくなったのは、煙草嫌いの彼女が出来たからだって噂になっていたので」 「なるほど。でも、違いますよ」 「じゃあ、どうして急に禁煙を?」 「この子に言われたんです」 「あ」  噂話をしていた社員の話を思い出す。  『匂いがして嫌って言われた』、という話をしていたが、確かにその主語が彼女だとは誰も言っていない。 「それで、世話してる間だけでも我慢しようかなって……」 「会社にいる時もですか?」 「この子鼻がいいんですよ。1回でも吸うと気付かれて……」  肩を落とす彼に、男の子はふんと鼻を鳴らした。 「おじさん、いいにおいになった。せっけんのにおい!」 「そうだね、ありがとう……」 「……そうだったんですね」  それじゃあ、私は完全に1人で勘違いしていただけになる。勘違いして、もう会えないのならと禁煙して、無駄にイライラして馬鹿みたいだ。  でも、そんな自分が可笑しくて笑えてきた。 「ふふっ……」 「急にどうしたんですか?」 「いえ、何でも……」  しばらく笑いは止まりそうにない。  そんな私を見ていた八尋さんは、その長い睫毛の生える瞼を伏せる。その表情を、まさか喫煙所以外で見られることになるとは思わなかった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加