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それから、しばらくたったある日、スミレ荘の前に白い車が止まった。エンジンが止まったのに、中の人の降りてくる気配はない。外はもうすっかり冬だ。冷たい夜風が身にこたえる季節になっていた。
その車には見覚えがあった。
(翔ちゃんのお父さん?)
お母さんはどうしていいのか分からず、窓の外を見たりキッチンの椅子に腰をおろしたり、落ち着かなかった。翔の家の事情を少し知っているだけに、「どうぞ」とスミレ荘に招き入れるのも気が引ける。ライも顔を上げて外を気にしている。
あれやこれやと考えているうちに、どんどん時間が過ぎて行った。
(寒いんじゃないかしら?)
お母さんは居たたまれなくなって外に出ることにした。ライもお母さんの後に続く。お母さんが玄関を開けると、ライは白い車の元へと走って行った。それに気づいたのか車の扉が開いた。
「ごめんな。ライ。悪いお父さんだったな」
翔の父はライを思い切り抱きしめて言った。ライは喜びを体中で、露わしてクルクルすると服を引っ張った。
「お忙しい時間に訪ねて来て、申し訳ありません」
翔の父は丁寧に頭を下げた。
「外は寒いですから、どうぞ、中におはいりください」
「いえ、私はここで……」
礼儀正しく控えめな態度に、翔の面影が重なる。
「何もない汚い所ですが、中に入って暖かいお茶でもいかがですか? もうすぐ、翔ちゃんも恵子さんも帰って来ると思います。中で待ったほうが…」
お母さんは家の中に入るように促した。
「しかし……」
「さ! どうぞどうぞ!」
翔の父は少しためらっていたが、さらに、お母さんが強く促すので、
「それでは、お言葉に甘えて……」
お母さんの勧めに従うことにしたようだが、まだ、その場に留まっている。翔の父に、ライが早く早くと言うように足元をクルクルと回って急き立てる。
「ありがとうな、ライ……失礼します」
ライの頭を撫ぜると、玄関に上がった。
「熱いうちにどうぞ、外は寒かったでしょう」
お母さんがお茶を出すと、
「翔と妻がお世話になり、本当に有難く思っています」
翔の父は、深々と頭を下げた。
「いえいえ。私はなんにも……。恵子さん、今日は翔ちゃんの冬服を買いに堺東に行ってまして……。もう、帰って来ると思うので、こちらでゆっくりお待ち下さい」
「有り難うございます」
翔の父は、お母さんに勧められ椅子に腰をかけた。
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