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「あ、そうだわ。二つ駅の向こうに大きなショッピングモールが、出来るのよ。今、働いてくれる人を募集中よ」
「そうなんですか? 私、行ってみようかしら」
「そうよ。それもひとつの選択よ」
「私も行ってみようかなぁ」
「え? 久美ちゃんも?」
お母さんが驚いたように久美子を見た。
「今の仕事、考え直して見ようかなって、なかなかお給料は上がらないし……。ほら、手もこんなに荒れて」
久美子はガタガタになった手を見せながら笑った。
「ひどい。前よりひどくなってるじゃない。ちゃんとお医者さんに行ってるの?」
お母さんが、かぶれたようになっている久美子の手を見て言った。
「わたし……ほかの人より皮膚が弱いみたいで……それにこのまま美容師を続けていても、なかなか、見習いから上がれないような気がして……」
「ここまで頑張ってきたんだもの。もう少し続けてみるか、新しいことに挑戦してみるか、それは久美ちゃんにしか決められないわ。しっかり考えてみて……」
「はい、もう一度、考えてから決めます」
「そうよ。何も慌てることなんか無いわ。久美ちゃんは若いんだし、まだまだ、やり直しが効くんだから」
「お母さん有り難う。やっぱり、スミレ荘はいいな。帰って来られて嬉しい!」
そう言うなり、久美子は急に泣き出した。理沙と陽菜が、ポンポンと久美子の背中をたたいた。
「理沙ちゃん。久美ちゃん。お部屋片付けるの手伝いますね。私、この前、家具を移動したままなんです」
「ありがとう。陽奈ちゃんには迷惑ばかりかけてるね。本当にありがとう」
「そんな……」
陽菜が照れ笑いした。
「お母さんごめんね。勝手なお願いばかりして」
「じゃあ、悪いんだけど、二人で一部屋使ってもらってもいい?」
「じゃあ、二人で部屋代として三万円、今月分は一万円でいいですか?」
「ええ、ええ。いいですよ」
お母さんは理沙と久美子に押されている感じだった。
お金のことなので、陽奈は聞こえないふりをして、夕食の後片付けをしていた。
「では、今、四万円お渡ししていいですか?」
理沙は用意していたらしい封筒をお母さんに手渡した。
「ありがとう。でも、この一万円はお返しします」
「……でも、お母さん……」
「次の仕事を探す資金にしてちょうだい。二人ともこれから、大変なことも多くなるでしょうから、ちょっと、待ってね。領収書とってくるから」
「ありがとうございます。お母さん」
理沙は少しホッとした顔をして、お母さんから一万円を受け取ると財布に入れた。陽菜はその姿に、去年の自分の姿と重なり身につまされた。今は、お母さんのおかげで仕事も見つかり安定した生活がある。改めてお母さんに感謝した。
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