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「母さん、かまうこと無いよ」
翔の氷のように冷たい言い方に、お母さんは少しビクッとした。
「翔ちゃん!」
「……あの……翔がお世話になり、本当にありがとうございます」
そう言って、深く頭を下げる小柄な女性からは、深い悲しみが伝わってくる。
「苦労されたのですね。」
お母さんはたまらずその肩に手をおいた。この人が、あの雨谷に家を追い出されて辛い目に合わされたのかと思うと、いたたまれなくなった。
「それで、ここに何しにきたの?」
翔は自転車を持ったまま、冷ややかな声で言った。お母さんは緊迫した空気にオロオロしてしまった。
「翔ちゃん! 何を言うの。せっかく訪ねてきてくださったのに……」
お母さんは、申し訳なくて翔の両親に頭を下げた。
「私は相川優と言います。息子がご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
翔の父は、お母さんに丁寧に頭を下げた。背が高くキリッとして翔によく似ている。
(こんなに素敵な人が何故、雨谷さんと不倫なんて…………どうしてなのかしら。姿形はもちろん、口から出るのは嫌な言葉ばかりのあの雨谷とだなんて……私からはひとつもいいと思うところが無いのに…………)
いくら考えても不釣合いな翔の父親とあの雨谷の姿を思い浮かべた。
「いえ、私は何にも、助けてもらっているのはこちらの方です」
お母さんはまた深々と頭を下げた。
「こんなところで立ち話もなんですから。どうぞ中へ」
「お母さん、入ってもらわなくていいよ。それより早く帰ってください」
翔の冷たい声がもうすっかり暗くなった夜の静けさの中に響く。
「翔、お前も一緒に帰ろう。お父さんも悪いと思っている。いつまでもこちらに、お世話になってるわけにいかないだろう」
「俺は、ライと一緒にここいる。出て行けと言ったのはあんただ。そんな家になんかに帰るわけが無いだろう」
「翔、お前は高校生なんだぞ。強情張らずに家に帰って来い」
ガンとして自分の意見を曲げない翔と、夫の態度に翔の母はオロオロするばかりだった。
「気が変わったら、いつでも家に帰って来い。分かったな」
父は翔に鍵を渡そうとしたが、
「いらないよ」
翔は受け取らなかった。父は翔の手を取ろうとしたが振り払われてしまった。その拍子に飛ばされた鍵が花壇に落ちた。
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