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高価そうな黒皮に銀色のプレートのキーホルダーが拾ってほしそうにお母さんを見つめているように見えた。お母さんは丁寧に服の裾で拭うと、翔の父に差し出した。
「お手を煩わせますが、持って置いていただけませんか? 翔はあなたのことをとても信頼しているようですので……」
「それは、困ります。人様のおうちの鍵をお預かりする事なんて出来ません」
お母さんはそう言うと、丁寧に翔の父に鍵を返した。
「今日はいきなり、訪問して申し訳ありませんでした。また、改めてお伺いさせていただきますので、よろしくお願いいたします。」
翔の父はお母さんに深々と頭を下げた。
「もう二度と来なくていいから」
「翔ちゃん!」
翔は冷たく言うのでお母さんはオロオロした。
「それでは失礼します。じゃあ、帰ろうか」
翔の父は、丁寧にお母さんに挨拶すると背を向けた。翔と夫の間で不安そうな顔をしていた翔の母親は、十歩ほど遅れて夫の後をついて行くが、何度も何度も翔を振り返る姿がとても哀れだった。
「翔ちゃん、お母さんをあのまま行かせていいの?」
スミレ荘のお母さんの言葉が、翔の心を強く刺し、押されたように大声を出した。
「母さん 、行くな。」
翔の力強い声に、翔の母は立ち止った。そしてそのまま動かなかった。
「母さん俺と暮らそう、このスミレ荘で」
「いいの? 翔……」
「もちろんだよ。な、ライ」
「そうですよ。そうなさい。翔君。お母さんをずっと探していたんですよ」
「いいんですか。私を置いていただけるんですか?」
「ええ、もちろんですよ」
「では、主人にそう言ってきます」
翔の母親は安心したのか、涙でぐしゃぐしゃになった顔を掌で拭いながら、夫のもとに走って行った。車にもたれて待っている父の姿は、本当に格好良かった。
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