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「翔君のお父さん、素敵な方ね」
ずっと、翔の母を目で追っていたお母さんがポツリと言った。
「お話すれば、爽やかで意思の強そうな感じで、あんな人がどうして雨谷さんなんかと…」
「さあ、好きだからじゃないですか? だから、家に住ませて母とばあちゃんにあの女の世話をさせたんだと思います。あの女は家でのさばっていましたから」
「それは、分かるわ。スミレ荘でも大変だったもの」
「すみません」
「あ、変なこと言っちゃったわね。翔ちゃんとは関係ないんだから、気にしないでね」
「はい」
向こうを見ると、翔の母がペコペコと頭を下げながら、こちら側に走ってきた。翔の父は一礼して背中を向けた。寂しげな背中だった。翔の母は切なそうに翔の父を見送っている。戻りたい気持ちもあるのだろう。でも、翔を一人置いておくこともできず苦しんでいる。
(この家族のために何かできないかしら……元どおり、とまではいかなくても……)
お母さんは翔の父と母を見て切なくなった。
「有難うございます。助けていただいて」
翔の母はお母さんに、お礼を言うなりわんわん泣き出した。今までの辛い出来事が一気に押し上げてきたのだろう。泣いて泣いて止まらない。
「さ、お家に入りましょ。こんなところにいたら、風邪をひいてしまうわ」
「ありがとうございます」
泣いて泣いて言葉にならない母の姿にいたたまれず、翔は優しく肩を抱いた。
「陽奈ちゃん、お茶をお願いね。さ、泣くのはそれぐらいにして、今までの辛いことは忘れて、これからの事を考えて行きましょうね」
お母さんに渡されたハンカチで涙を拭きながらウンウンと頷いた。襟や袖口が汚れたポロシャツにくたびれた青いジーンズのパンツ姿。手ぐしでといただけのようなひっつめ髪に今までの苦労がうかがえた。
「母さん、今までどうしていたの」
「ミナミのお料理屋さんで住み込みで働いていたの。早くお金を貯めて、翔と暮らしたいなと思って」
「まあ……慣れない仕事で大変だったでしょう?」
お母さんが、痛ましそうに言った。
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