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「ええ、わずかなお金しか持って出ませんでしたから……。その日の夜、寝る所も無いし、どうしょうと思いました。難波の街を歩いていたら、『住み込みの下働きを求む』って、張り紙を見つけて、夢中で飛び込みました。そしたら、雇ってもらえて……」
「苦労されたのですね」
家を出されるということは、天地がひっくり返るほど大変なことだ。しかも、いきなり、何一つ持たずにというのは、想像を超える辛さがあっただろう。慣れない世界で必死で暮らしていたと思うだけで、翔の母の辛さを思って胸が詰まってくる。
「いいえ、そんなことありません。こうして翔と会えましたし、今はとっても嬉しいです」
スミレ荘のお母さん「うん、うん」と頷いていた。ライも心配そうな顔でシッポを静かに揺らしている。
「……母さんやせたね……」
ふっくらしていた母が、面影もなく痩せている姿に、その苦労が現れているように思えた。ライが翔の母の足元にそばえにいった。
「ライ、ライごめんね。ひどい目に合わせてしまって。情けないお母さんでごめんね」
翔の母はライを強く抱きしめながら泣き出した。ライは母をかばうようにペロペロと顔を舐めた。
ーーー くぅー ーーー
そんな時、誰かのお腹が鳴った。
「! 僕です」
翔が、恥ずかしそうに頬を赤くして笑った。
「あは、ごめんね。帰って来る時は、いつもお腹ペコペコなのにね。もう、もうすぐ出来るから、待っててね」
陽菜が、お姉さん口調で言いながら天ぷら鍋を用意した。
「僕も手伝うよ」
「ありがと、今日はトンカツよ」
「やった! トンカツ大好きだよ」
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