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「それにしてもさぁ、何で、翔ばっかりもてるんだ。女の子がキャーキャー言ってたよな」
大原は分かりやすくションボリする。
「兄ちゃんだって、ミナミに行ったら女の子が、どっと押し寄せてくるって、自慢してたじゃない。俺、兄ちゃんに女の子が押し寄せるとこ見たかったのに。戎橋筋を通り抜けても、心斎橋に行っても、誰一人、声もかけて来ないんだから」
翔がからかうように言った。
「女の子が振り返るのは、お前ばっかりだもんな。俺、自尊心が傷付いたわ~」
大原は渋い顔したが、
「まあ」
お母さんは楽しそうに笑った。
確かに、翔は格好いい。立ち居振る舞いに品がある。目鼻立ちの整った美しい顔。スラリと伸びた長い足。本から抜け出てきたようだ。笑うと子供のような可愛くて、ドキッとする。
「あ、俺、子どもには人気あるんだ! 幼稚園だったらモテる自信あるわ」
大原がいいことを思いついたように言うと、
「だめだめ、大原さん。幼稚園に行っても、誘拐犯と間違われてしまうわよ」
スミレ荘のお母さんがおかしそうに笑った。そんな二人が楽しく話す姿を翔の母も、幸せそうに微笑んで見ていた。
「翔、良かったな。これで、お前も区切りがついただろ。これからは勉強がんばれよ」
「うん」
「あ~。腹減った」
大原の言葉にお母さんがキョトンとして言った。
「あら? ……あの……、大原さん、今日は夜勤って言ってなかったかしら?」
「いえ、今日まで定時で、明日から夜勤ですよ。」
「あら、私、陽奈ちゃんに、今日から大原さんは夜勤だって言っちゃたわ……」
お母さんがアワアワしている。
「ええー! じゃあ、俺の分なしですか?」
「そ! 兄ちゃんの分はないよ。な! ライ」
「母さん、助けて!」
大原が泣く真似をしてお母さんにしがみついた。
「もう、大げさなんだから。早く手を洗って来て」
しょうがないなぁ~という笑顔を浮かべながら大原の夕食を用意した。
「あ、良かった。俺の分あったんだ!」
「夜食の分よ」
「そうか~。良かった~」
ホッとした様子の大原を、陽奈は可笑しそうにクスクスと笑った。
「翔のこと大切にしていただいて有難うございます。何の恩返しもできず申し訳ありません。その上、わたしまで置いていただいて……」
翔のお母さんは大原とスミレ荘のお母さんに改めてお礼を言った。
「そんな気遣いはいいのですよ。お茶を飲んだら、お風呂に入ってゆっくりしましょう」
「あの、翔君のお母さん」
陽奈が声をかけると、翔の母は緊張した様子で、「はい」と答えた。
「お部屋は、私と一緒でもいいですか?」
「あ、陽奈ちゃん、私の部屋がいいと思うわ。二部屋続きだから。翔君のお母さん。私と一緒でいいでしょ?」
「ありがとうございます。ご迷惑ばかりかけて……」
翔の母は小さくなって返事した。
「俺の部屋でもいいよ。隣の空き部屋に移るよ」
「あの部屋はダメ。」
お母さんは大原をキュッと睨んでから、翔のお母さんにやさしく言った。
「翔君のお母さんは、私の部屋でいいでしょ!」
お母さんは、雨谷の使った部屋を使うのは、どうしても心配だったらしく、絶対に首を縦に振らなかった。
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