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次の日、翔の父親は高価そうな食材を両手いっぱいに持ってきた。
お母さんはいろいろなことを話した。一ヶ月前くらいから、翔の母が午前中スーパーでパートをしていること。
翔が酒屋の配達をして朝から夕方まで頑張っていること。高卒認定の合格を目指して勉強に励んでいること。全国模試では百番以内に入ったことも……翔の父は熱心に聞いていた。
何か不足しているものはないかと聞かれたので、一日、ビールや米を運ぶ力仕事をしているので、いつも、おなかばかり空かしていると面白おかしく話した。
が、父親にとってみれば、いてもたってもいられなかったのだろう。翔の父は会社の仕事を早めに切り上げて息子の好きそうな物を持ってくるようになった。
「まあ、こんなにたくさん。翔ちゃんの好きなものばかりだわ。ありがとうございます」
翔に似たキリッとした優しい顔立ち。声も爽やかで心地よかった。そして、品の良さを感じる礼儀正しさ。お母さんは翔の父をすっかり気に入ってしまった。
(こんなに素敵な人がなぜ……)
お母さんは翔の父を見るたびに不思議に思うが、雨谷のことで恵子と翔を追い出したのもまた事実なのだ。なぜそうなったのか……。これをはっきりと聞かなければ、恵子も翔も納得できないと思った。
一度、翔の父と恵子と翔できちんと話し合いの場を持つべきだとお母さんは思っていた。だから、来るたびにお母さんは食事に誘うのだが、翔の父をは帰ってしまう。
「恵子さん、どうして引き留めないの。このままでは家がバラバラになってしまうわ」
「……はい。分かっているんですが……」
恵子にも促してみるがなかなか上手くいかない。
「それに、お家に風を通さないといけないし、お掃除もしないと……、一人で行きにくかったら、私もライちゃんもお供しますから……」
恵子にもお母さんの言うことはよく分かっていた。だから、お母さんの言葉は有難かった。だけど、翔の気持ちを思うと踏み切れなかった。
今から考えれば自分のとった行動が、一番情けなかったと思う。何を言われようと、出ていく必要などなかったのだ。自分の家なのだから……
恵子は腹立ちまぎれに家を出てしまった自分を後悔していた。それに、いつまでもスミレ荘のお母さんに甘えてばかりもいられない。
「お母さん、私、お母さんの言う通り、家の方を片付けに行きたいと思います。一緒に行ってくださいますか」
「ええ、ええ、もちろんよ。気になっていたの。家っていうのはね。毎日、風を入れてやらないと、思ったよりも早く傷んでしまうものなのよ。良かったわ。決心してくれて」
お母さんは、ほっとした。
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