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「立派なお家ね」
「私の父が建て直したもので、もうずいぶん古くなりました。でも、父や母の思い出や、翔の小さな頃のことを思い出して胸が痛いです。この家には幸せな思い出がいっぱいあるのに……」
恵子はそこまで言うと黙ってしまった。
「雨谷さんの事ね」
「母が生きていたころはまだ我慢できたんですが……」
「分かるわ」
お母さんは恵子の言葉に深くうなずいた。
「私、翔に、一生取り返しのつかないことをしてしまいました。どうして我慢できなかっただろうって思います。
家を出た時に自分が何を思っていたのか、はっきりと思い出せません。どうして踏みとどまらなかったのか……。出て行けって言われたからって、出て行くなんて……」
「人間なんてそんなものよ。でも、その時はそれしかできなかっと思うわ。恵子さんを見ていれば、どんなに辛かったか分かるもの」
「分かってもらえますか?」
「分かるわ。わたしも、主人が女の人と出て行ってしまって……。私、子供を産めなかったのよ。時代が時代だから “女三界家無し”でしょ。耐えるしかなくて……本当に大変だった。今の時代だったら、きっと離婚してるわ。でもね……舅と姑を看取って……。何年かして、年老いた主人が帰ってきて……まあ、なんというか……もう一度家族になったんだけど……」
恵子はお母さんの過去を聞いて驚いた。
「お母さんは、受け入れたんですね……」
「もともと主人の家だものね。考えてみれば、当たり前よね……」
「でも、割り切れましたか? その……女の人と……」
「そうね。もともと好きあって結婚したわけじゃなかったから。昔は“片付かないといけない”でしょ? そうね。若い時に出て行ったきりだから、年老いた主人が帰って混乱したのかしら、こだわっていることにバカバカしくなったのかしら……。自分でもよく変わらないのよ。でも、わたしは……良かったと思う」
翔の母は小さく頷いた。
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