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そして、今日も翔の父はやってきた。いつものように両手いっぱいの食材を抱えて……
「ほら、恵子さん、今日はあなたが迎えに出てあげて……」
お母さんに手を引っ張られて、翔の母は玄関に出た。
「いつもたくさんの食材を有難うございます」
「恵子さん、そんな他人行儀な……」
翔の母は、夫の前に出ると表情が硬くなって言葉が出てこないようだった。気まずい空気が流れて、時間が止まったかの様だった。そこへ大原が帰ってきた。
「お恵ちゃん、なんでそんなに固くなってんの。俺に、ご主人が世界で一番好きだって言ってたじゃんか!」
「……大原さん……」
大原に励まされたが、翔の母は困ったような顔をしてそのまま黙ってしまった。
「さ、ご主人、入って下さい。せっかくおいしい食い物持ってきてくれたんですから、一緒に食べましょう! 翔! 翔! キッチンに来いよ」
大原が、部屋にいる翔を呼んだ。
「兄ちゃん、どうし……」
翔は、父の姿を見ると立ち止まった。
「飯だ! 一緒に食おう!」
翔は、動かない。
「翔! 来いよ!」
「嫌だよ。自分の部屋で食べるよ」
言うなり、翔は戻って行った。
「ちょっと話してきます」
大原は、そう言うと翔を追いかけた。しばらく話声が聞こえていたが、翔は大原に押されるようにしてキッチンにやってきた。
大原に肩をたたかれると、翔は席に着いた。続いて大原も……
「わあ、今日もステーキだ! 親父さんのおかげで、毎日ごちそうが食えて幸せだなぁ!」
「大原さんは、食べる時が一番幸せそう。見て! ライちゃんが大原さんを笑って見てる」
ご飯をよそっている陽奈が笑いながら言った。
「陽奈ちゃん、そりゃそうだよ。食うことが一番の幸せだよ。……あれ?」
「どうしたの?」
お母さんが聞くと、
「俺のステーキがない……。ライ~」
ライが涼しい顔をして口元をなめている。
「ライ。お前だな~。俺の命より大事なステーキを食べたのは~」
大原が、ライの首を絞めるマネをした。ライはそのまま飛びついて大原を倒すと顔をベロベロなめた。
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