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「にぎやかでしょう。大原さんがいるといつもこうなんです」
お母さんが笑って翔の父に言った。
「楽しそうで羨ましいです」
翔の父はそう言ってみんなに笑いかけたが、翔だけが目を合わさず黙々と食べていた。
「翔君、おかわりは?」
「ありがとう。陽奈ちゃん」
陽奈には笑ったが、また黙々と食べ始めた。
「食の細い子だったのに、こんなに食べるようになって皆さんのおかげです」
翔の父親が箸をおいて頭を下げたが、余計に気まずい空気が流れた。
「ごちそうさまでした」
「翔、待て! なんでだよ。なんで親父さんと正面向いて話さないんだよ」
「兄ちゃん、あの人はもう、俺にとって関わりのない人なんだよ。誰よりも遠い存在だよ」
「……翔……」
消え入りそうな声だった。翔はハッとし恵子を見た。
「翔ちゃん、母さんもやっぱりここにいます。翔ちゃんを残して帰れないわ」
翔の母親は一言一言、言葉をかみしめながら言った。
「母さん、母さんは帰った方がいいよ。死んだばあちゃんもじいちゃんも、あの家で母さんの帰りを待ってるよ。俺は大丈夫だから。もう一人のお母さんがいるし、兄ちゃんも陽菜ちゃんもいる。だから心配しないで。家に帰ってあげて」
その声には怒りやいら立ちの色はなく、落ちついたいつもの優しい翔だった。
「ホントにいいの? 翔。もし……」
「恵子さん、そんな最後の別れみたいに言わなくても……、毎日でもここに、ご主人と一緒に遊びに来てくれたらいいじゃないの!」
とお母さんが言うと、陽奈も頷いた。
「翔君には私たちもいます。だから、好きにさせてあげてください」
陽奈は、翔の母と父に頭を下げて言った。スミレ荘に残して行く息子を心配しながら、二人は何度も頭を下げて家に帰って行った。
「翔ちゃん、一緒に帰らなくても良かったの?」
「僕に帰るところなんかありません。母さんと兄ちゃんと陽奈ちゃんのいる、ここが僕の家です。これからもいっぱい迷惑かけるつもりですので、よろしくお願いします。ほら、ライもよろしくって言わなくちゃ」
お母さんが心配そうに尋ねたが、翔は明るく笑うと、ライと一緒にペコッと頭を下げた。
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