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「ねぇ、陽奈ちゃん、あの時、お茶に誘えば良かったわ。みんなでお茶にすれば、翔ちゃんもお父さんを許す気持ちになったかもしれない……。私ったらほんとに気が利かないわ」
食事の後片付けをしている陽奈にお母さんが言った。
「お母さんが、今帰らないと、翔君のお母さんは、一生、家に帰れないって……」
「そうなのよ。その時はそう思ったんだけどね。恵子さんがあんまり迷ってるから。一家の主婦は、家でデンと構えていないと駄目だと思ったのよ。……でも、今思うと少し慌てすぎたかしらと思って……」
「そんなことないと思います。翔君のお母さん、家に戻られてホッとして、今頃はご主人と二人でお茶を楽しまれてると思います」
片付けを終えた陽奈が、お母さんの前にお茶を置きながら言った。
「そうね、ご主人も恵子さんに謝ってはったものね」
「はい」
「あら、翔君、歌ってる」
陽奈が、そっと耳を澄ませた。
「あら、ほんと!」
「翔君、上手ですね」
「いい声ねぇ……」
陽奈とお母さんは嬉しそうに顔を見合わせた。
「あ、二人でお茶してる。俺もまぜて」
大原がキッチンに入ってきた。
「お~い。翔、お茶飲むか~?」
大原がキッチンの隣の部屋の翔に声をかけた。
「は~い!」
明るい返事とともに、翔が現れた。ライも一緒だ。
「せっかくお母さんに会えたのに、離れて寂しくないか?」
「寂しくなんかないよ。母さんはあんな親父でもいいんだから、笑ってしまうよ。あんなひどい目に遭わされたのに、小言の一つも言わないで、……呆れてしまうよ。母さんは人が良すぎるよ」
「翔、お前本当に帰らなくていいのか?」
「帰る? 僕の家はここだよ。兄ちゃん」
穏やかな表情で言う翔を見て、意地を張っているわけでもなく自然に言ってるのが分かった。大原は少し黙っていたが、
「そうだよな!」
翔の肩をたたいてガハハと笑った。
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