第3章

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「あの時代、子どもが生まれないと、それは大変なことだったのよ。昔は子供の産めない女は石女と言われてね。跡継ぎを産めない女は家に置いとく必要がないとか言われてね。私もさんざん責められたけど、主人も責められていたと聞いたわ」 「お二人とも、辛い思いをされたんですね」 「ええ、あの時は、私一人が辛い思いをしていると思ってたけど、そうじゃなかったのね。それが分かっただけでも、あの人が帰ってきてくれて良かったと思ったの」 お母さんは、そう言って、湯呑みの中のお茶を見つめていた。陽奈はお母さんに、どう言葉をかければいいのか分からなかった。 「何だか、ホッとしたわ。好き合って嫁入りしたわけじゃないけれど、嫌われるって辛い事だから」 「……私も、分かります」 それは陽奈にも分かった。のけ者にされたり、嫌われることは本当に辛い事だ。 「私から見たら、お姑さんにあんなに大事にされて、さぞかし幸せなんだろうと思っていたの。でも、一から十まで指図されて、言いたいことも言えなかったのかも……。お舅さんは頑固で口数の少ない人だったし、息苦しかったのかもしれないわね」 「でも、実のご両親なんでしょ? お母さんより、ウンと居心地がいいはずです」 「陽奈ちゃんの御両親は、どんな人だったの?」 「二人とも優しくて、小さなときの思い出は、楽しいことばかりでした」 「そう……。私の親はどっちも厳しい人だったわ。家は兼業農家だったから、父親は近くの靴下工場で働きながら、休みの日には百姓をしてたわ。無口な人で夜はお酒ばっかり飲んでた記憶しかないの。 母親は口うるさい人だったから、嫁ぎ先と似てるわね。もう、二人とも、とうの昔に死んでしまったけれど……」 (お母さんも苦労してきたんだ) 自分だけが苦しんでるとばかり思ってた陽奈は、恥ずかしくなった。 「私なんか親に関してはいい思い出が、ほとんどないものだから、愚痴ばっかり言って生きてきたように思うわ。陽奈ちゃんのご両親は優しい人でよかったわ。いいご両親だったら、思い出も幸せなことが多いでしょう。」 「そんなことありません、お母さん。両親との思い出が幸せだった分、ひとりぼっちになったときの辛さは言いようがありませんでした」 不思議だと陽奈は思った。お母さんが相手だと自分の思ってることをスラスラ言える。 「そうよね……。ごめんね、無神経だったわね」 お母さんはすまなそうに言った。 「お母さん、私、今、幸せですから……」 「陽奈ちゃんは、いつもそう言ってくれるから、私、ウソでも嬉しいわ」 「ウソじゃありません。本当です! だって、私……」 「ありがとう、陽奈ちゃん。」 陽奈があんまり真剣に言うものだから、お母さんはクスっと笑った。 「ありがとう、陽奈ちゃん。」 そう言ってお母さんは黙って湯呑を見つめた。 「お母さん?」 陽菜が声をかけると、 「早く部屋を、借りてくれる人が現れると嬉しいのにね。陽奈ちゃんみたいな娘さんだったら、なおなお良いんだけど……」 お母さんは、不安そうに微笑んだ。
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