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それから、数日たったある日、
陽奈が仕事先からスミレ荘に帰ってくると、玄関に見たことのない女物の靴があった。かなり、くたびれた黒い靴だった。脱ぎ捨てられたようにあちこち向いて、片方は横を向いている。
陽菜はきれいにそろえると、「ただいま、帰りました」と、キッチンの方に向かって声をかけた。
話し声がするのだけれど、妙に静かで、お母さんの声しか聞こえてこない。お母さんの声はとても緊張していた。陽奈は、お母さんの気を散らさないようにそっと様子を窺った。
陽奈の時とは違い、勤務先から家族構成など詳しく聞いていたが、声が小さいのか答えていないのか、女の人の言葉は聞こえなかった。
お母さんは何度も小首を傾げて、聞きなおしているように見えた。ずっと下を向いていて、少しもお母さんの方を見ない。
(緊張しているのかしら?)
陽奈は自分が初めてスミレ荘に来た時の事を思い出したが、お母さんが優しく迎えてくれたので、そんなに緊張しなかったように思う。
(無口すぎるように思うけど、おとなしそうな人だし、仲良くやっていけそう。)
「では、次の日曜日、お待ちしていますね」
部屋を貸すことに決めたようだ。やっと借りてくれる人が決まったのに、お母さんの声は少し硬かった。
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