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第3章
ある日、京子さんが期待と不安が一緒になったような顔をして帰ってきた。
「お母さん、私、神戸の塾に行くことになったの」
お母さんはとても驚いた様子だった。
「まあ、神戸に……」
「そうなの。まさか、私に声がかかるなんて、思っていなかったから、びっくりしてしまって……。それも、塾長で」
「ええ!塾長って、その塾では1番えらい人でしょう? 神戸の塾って、前に話してた新学期から始めるという新しいところでしょ? 期待されてるのよ。京子ちゃんは、自分で塾を開く夢があるんでしょ。それなら、いろんな経験を積まなくちゃ」
「ありがとう。お母さん。頑張ります」
京子さんはお母さんに抱きついた。お母さんは、その背中をトントンと叩いて言った。
「では、ここを出て行ってしまうのね……」
「お母さん、今まで大事にしてくれてありがとう」
「何を言うの。いつも助けてもらってたのは私の方よ。でも、京子ちゃんいなくなると淋しくなるわね」
お母さんは悲しそうだった。京子さんは、新しく始まる塾の準備をするため、早々にスミレ荘を出て行った。
京子さんが出て行った後、なかなか部屋を借りに来る人が現れず、何度か『空室あります』という張り紙を張り替えたけど、部屋を借りる人はなかなか現れなかった。
一部屋空いているというだけで、スミレ荘はポッカリと穴が開いたように活気がない。理沙も久美子もいつも通りなのだけど、どこか淋しいような空気が漂った。
「陽奈ちゃん、いつも有り難う。じゃ、行ってきます」
理沙と久美子が、いつものように表の掃除をしている陽奈に声を掛けて行く。
理沙たちは大阪市内で働いているし、時間も不規則なので、自然と陽奈がトイレやキッチンの掃除をするようになっていた。それを気遣ってか理沙たちは、よくお土産を買ってきてくれる。
「陽奈ちゃん、いつもありがとうね。本当にあなたがいてくれて助かるわ。さっ、朝ごはんにしましょ」
陽奈が一通り掃除を終えるころ、お母さんが朝ごはんの準備を終えて声を掛けてくれる。二人でご飯を頂いて洗濯物を済ませても、出勤までの時間はまだまだある。
(家から五分ほどの職場なんて、本当に嬉しい。今は一人の部屋が持てて、お給料もうんといいし、一緒に働いている人たちはみんな優しい人ばかりで、お母さんには感謝してもしきれない。)
陽菜は感謝の心でいっぱいになった。
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