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ウロボロスウイルス
──はっとした。
「お目覚め?」
最初に認識したのは、耳もとで囁く女の言葉。
「オレは……」
急に、止まっていた呼吸を吹き返したようにオレは、意識をとり戻し声を発していた。
「ここは……」
あおむけに横たわった体勢のまま、ゆっくりと眼球だけを動かし、自身の周囲に視線を向けてみたがまるで見おぼえがない。
「オレは……? ここは……?」
記憶がない。バカな、記憶が再生できない。
「私は誰、ここはどこ──か。なるほど、いわゆる『記憶喪失』ってわけね。どうして記憶内容っていう中身が消去されても、『自分』っていう自意識の枠組みと『ここ』っていう外界認識の枠組みはなくならないのかしら」
女が独り言のように話す。
「フレーム問題──どうやって曖昧な『私と世界』に境界線を引くことができるのか、区別をつけることが可能なのか。いったいどのような仕組みで、どのような基準で」
いま自分が置かれている状況同様、まったく見おぼえのない女がオレの顔を覗きこんだ。
「どうやら障害を起こしたみたいね、毒のようなものに感染して」
オレに笑いかける女の上半身は、胸もあらわに無防備で肉感的だった。そのまま下半身にも眼がいく。
「呪われし蛇って言ってね、一時的に記憶障害の状態をつくりだす悪魔的存在」
女は真っ裸だった。
同時に視野に入ったオレの躰も、何も身につけていなかった。下半身の大事な部分以外、ふたりとも。
「そう男と女、善と悪みたいに、この世は全部ふたつの要素で成り立っている。反発し合うように、補完し合うように、いつもつかず離れず寄り添い合ってね」
女がおもむろに、両手の小指を一本だけそれぞれ立てた。
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