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「だとしたら、オレは……自分とは何なのか。ここは……世界とは何なのか」
「そうね。私っていう主観の側から考えると世界の実在が、世界っていう客観の側から考えると私の自意識が、ふたしかで疑わしくなってしまう」
女がリンゴの向こう側で揺らぎ、重なっている。
「しかし……だとしても、オレがオレであることは、自分が考えているという、自分の意識が存在するというこの、たしかな実感は疑うことはできない」
「Ego cogito, ergo sum──我想うゆえに我在り、ね」
女の声が、言葉が、リンゴを透過してくる。
「さっき話した哲学者よりも前にあらわれるべつの有名な哲学者の考え、それとおんなじ。でもね、そもそもそれこそがまちがいのもとなのよ」
我想うゆえに我在り……。
「それで人間はこういう思考の枠組みに囚われてしまう。私っていう主観性を絶対のものとしたら独我論や懐疑論に、世界っていう客観性を自明のものとした場合は科学的唯物論に」
主観的なオレの意識が確実にあると信じられても、この眼の前のリンゴが夢か幻である可能性は完全に否定できないし、客観的な世界が物理的に唯一あると、このリンゴが実体としてここにたしかに実在していると結論づけても、その存在をさまざまな感覚をとおして情報という形でしか意識できない以上、オレが認識しているリンゴは実物、その物自体ではない──ということか。
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