【最終話】最後のネクロマンサー

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【最終話】最後のネクロマンサー

 セオドアを実家に連れて行ったユニアスたちは、コルテカ村で起きたことをかいつまんで説明した。セオドアの受け答えについては、薄々察していたことではあるが精神が幼児退行をしているらしく今日に至るまでの間に何かがあったらしいという程度のことしか分からなかった。  それでも免状なしに秘術を行使したことや、死者の眠りを妨げたことは罪として国に届け出をし、数年は身柄の拘束と精神の治療も同時に施すことが決まった。  ラントとアーデルハイトを先に帰したユニアスは、証言のためと状況が落ち着くまでということで実家に残ってはいたが、再びセオドアと顔を合わせることはなかった。 「時々こちらで様子を見に行くようにはするけれど、ユニアスもできれば来てあげて」 「いや、俺は良いよ。俺が息子だってことも、全然分かってないみたいだったし」 「でも私が説明したら、自分が家を出る前にできた子供だってことは理解できたみたいなの。治療にもきっと効果があると思うし、ね?」 「……まあ、気が向いたらな」  母親のアリスンにはそう応じたものの、正直ユニアスにその気はなかった。 「アーデルハイトさんは、どうなの?」 「どうって?」 「未練がなくなったら、もしかしてこのまま……?」 「まあ、それが自然な成り行きだからな」 「そう……そうよね、でも何だかあまりにも私たちと変わらないものだから」  ネクロマンサーの家業を見て来た中でも、こんなに自然な蘇生体は見たことがないと父も母も口をそろえてそう言った。ユニアスも、実際そう思う。 (それでも……俺は)  アーデルハイトを還すためだけに、ネクロマンサーの家業を継いだ。早いところ廃業しようと思っていた筈なのに、手放すことがこれほど惜しくなるなんて思ってもみなかった。 (帰ったら、いなくなっているかもしれない)  そんなことを考えたくせに、手元に置かなかったのは昇華の瞬間に立ち会うのも怖かったからだ。それでもこの身とアーデルハイトとを繋ぐ魔力で、未だこの世に存在していることを実感する。その感触が、失われることが今はただ怖い。 *** 「どうすっかな……」  家の前まで帰って来たユニアスは、しばらく扉を開けることを躊躇っていた。開けてアーデルハイトの顔を見た瞬間に、その場でいなくなってしまうような気がして仕方がなかったから。それでも決意してドアノブに手をかけると、内側から勢いよくドアが開いた。 「うわっ……」 「お帰り、ユニアス」 「た、ただいま」  アーデルハイトが待ちかねたように飛び出してきて、ユニアスの荷物をひったくるように部屋の中に放り込んだ。 「今日はご馳走、だから早く手を洗う」 「お、おお……」  ぐいぐいと背中を押されて、洗面所に直行する。手とついでに顔を洗って戻ると、テーブルについたラントが呑気に手を振って来た。 「遅かったな、ユニアス。今日はおまえが帰って来るからって、アーデちゃん朝からめちゃくちゃ張り切ってたぞ」 「……最後の晩餐か」 「え?」 「いや……何でもない」  その日はアーデルハイトが腕をふるった料理を二人で食べ、ユニアスは一人神妙な面持ちで眠りについた。  ところがである。  覚悟してから一月経っても二月経ってもアーデルハイトがあまりにこれまで通りなので、痺れを切らしたユニアスは自ら切り込んだ。 「アーデルハイト……おまえ、未練は解消されたんじゃないのか?」 「未練?」 「だから、息子の後始末がさ。一応、決着はついただろ?」 「未練は良く分からないけど、したいことならまだある」 「何だよ?」 「ユニアスの、子供の顔が見たい」 「……はぁ!?」 「抱っこするまで、逝かない」  しれっとそんなことを言うアーデルハイトに、ユニアスは一人深刻に考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなって思わず笑った。 「あのなあ、前から言ってるが俺は最後のネクロマンサーだぞ? 家族なんて、絶対作らねえ」 「そんなの、決めたところで自分にだって分からない」  人生経験の差を感じさせるような含蓄のある言葉を返して、アーデルハイトは中途にしていた掃除に戻って行った。念願の免状の返上は、どうやらもうしばらく先になりそうである―― END
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