3 聖

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3 聖

 電車に二十分揺られ、更に十分歩いて、G公園の入口に着く。休日だから家族連れが多い。が、わたしたちのようなカップルもいる。ケイと並ぶと、わたしの方が若く見えるので、胡散臭い眼差しでわたしたちを見つめる大人たちもいる。が、大半は無関心だ。 「どのコースが良い」 「メグがいつも行くコース……」 「じゃ、こっち……」  お気に入りのハイキングコースを、わたしは選ぶ。頂上まで昇り切るのに二十しかかからないから、ミニ・ハイキングコースだ。が、普段運動していない人間には、かなりきつい。 「このコースだったら、あそこだよ」  ハイキングコースに入り、少し進んだところで、わたしが上方を指差し、言う。  わたしとケイがいる場所に建つ東屋(あずまや)の形をした休憩所(屋根付きベンチ)が崖の上にある。高さは十メートルほどだろう。 「行ってみる」 「もちろん」  狭い土の道をわたしとケイが昇る。幸い東屋には、そのとき人がいない。埃を払い、ナップサックから出したタオルをベンチに敷き、わたしが座る。 「ケイもタオルがいる」  二本目のタオルをナップザックから覗かせ、ケイに問う。 「いや、おれはいい」  ぶっきらぼうなケイの答だ。  辺りは木だらけで何も見えない。昇って来た急坂を見下ろせばハイキングコースが見える。東屋の奥には一段低くなった展望空間がある。また横(正面?)には、別ルートでハイキングコースに戻る道がある。 「ここがメグの隠れ家か」 「早朝の数十分を間借りするだけだけどね」 「ここで着替えたりもするわけ……」 「結構するよ」 「ふうん」 「コスプレした自分の写真を最初に撮ったのも此処……」 「なるほど」 「最初はセルフタイマーで撮ってたからポーズが決まらなくて……」 「誰かに撮って貰えよ」 「昔好きだった女(ひと)をいつまでも忘れられないケイに言われたくない」 「悪かったな」 「それで動画にすればポーズを選べるって気づいて、それを写真加工した。今はもう飽きたから遣(や)らないけど……」 「写真より、本物の方が可愛いからね」 「お世辞でも嬉しい。でも正直、写真の方が可愛いよ。選べるから」 「だけど動きがない……。動画そのものにしなかった理由は……」 「やっぱり何処かヘンだから……」  別ルートでハイキングコースに戻り、頂上を目指す。途中、何人もの人たちと擦れ違い、その度に、『こんにちは……』と挨拶を交わす。 「結構きついな」 「平坦な道を歩くのとは違うからね」  ケイが弱音を吐いたが、疲れているようには見えない。額の汗が目立つだけだ。  頂上の手前で猫場となっている東屋に立ち寄ると、いつもの三匹の猫はそこにいたが、他の人間もいたので、猫に挨拶だけして、すぐに立ち去る。  そこから約一分で頂上だ。  昔は城があった広場に人が大勢いる。その奥には、城を模した展望施設がある。 「何かを飲むなら自販機があるよ」  公園管理人詰所の外壁に設置された飲料の自動販売機を指差し、わたしが言うと、 「いいね」  と、ケイが同意する。それで、わたしが麦茶、ケイがコーヒーを買い、中央のベンチに座り、二人で飲む。 「ふう、一息ついた」  「今はこんなに人がいるけど、朝早くだと散歩かランニングをする近所の人しかいないよ」 「だろうね」 「あと多いのは犬連れ。彼と彼女たちの朝は早い」 「知ってる」  陽が溢れる公園は、わたしたちの存在とは、まるで別物に思える。けれども、こうして一体化することもできるのだ。そんな気分を味わいつつ、 「別の所もまわってみる」  と、わたしがケイに問い、 「いいけど、もう少し休む」  とケイが答える。 「じゃ、わたしは、お城に昇って来る」 「元気だな」 「朝九時前に来ても閉まってるから……」 「ああ、そういうこと」 「ケイも付き合う」 「いや、おれは見てる」 「じゃ……」 「じゃ」  ケイに手を振り、わたしは家族連れで賑わう小さな城を目指す。ケイは『見ている』と言ったが、それは公園の光景なのか、それともわたしのことなのか、と考えながら……。
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