卒業旅行

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「大丈夫? 突然、日本語の悲鳴がしたから、ビックリしたよ!」 その男性は、そう日本語で声を掛けて来た。そして未だ地面に膝を付いている私の前に来ると右手を伸ばしてくれた。その顔を見上げる。やっぱり何処かで見たことある顔の輪郭だった。 私は少し躊躇したがその手を掴んで地面から起き上がった。 「ありがとうございます。本当に助かりました」 私はその男性に大きく頭を下げる。男性がバックを渡してくれた。 「バック、無事でよかったね。最近はドイツも移民を中心に貧困層が増えていて、窃盗事件も頻発しているみたい。残りの旅も気を付けてね。次はどこに行くの?」 私はその顔を見つめながら、記憶を思い出そうとしていた。絶対、この人、何処かで会った事ある。 「あっ、ザルツブルクです。サウンド・オブ・ミュージックの撮影場所見たくって・・」 「そうか、僕はオーストリアからジュネーブへ戻っている所だから逆だね」 「あの、何かお礼を・・」 「いいよ。当たり前の事をしただけだから。それじゃ、残りの旅程は気を付けて」 そう言うと、その男性は踵を返して船着場の方向に向かって行く。 背中に掛かった横掛けの黒いバックにYTのイニシャルが見える。 「YTって・・? えっ・・? 先輩!?」 私は思い出していた。あの懐かしい顔は、中学の時に告白した高岡先輩なの? 私は先輩のファーストネームを知らなかった。でも確か彼のシュートをイニシャルを取ってYT砲って・・言ってた筈。 はっと思うと既にその男性は見えなくなっている。私は彼が歩いた方向に走った。 船着場の前の大きな駐車場からシルバーのスポーツカーが出て来る。さっきの男性が運転しているのが見える。車は速度を上げると、あっという間に見えなくなった。
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