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佐竹
「さっきのきれいな女の人、あのおっさんに思いっきり倒れ込んでたよね」
後ろでひそひそ話し声がした。若い女の声だ。声質から学生だろうと思った。
「見た見た。おっさん得したじゃん」
佐竹はゆっくり振り返った。
路線上にある高校の制服を着た二人の女子学生は、佐竹の顔を見ていったん口をつぐんだもののまたすぐ声をひそめて話し始めた。
若い娘たちには遠慮がない。佐竹は常に不躾な視線で上から下まで眺めまわされている。
気持ち悪い。変態っぽい。そんなささやきがこそこそ漏れ聞こえてくるのもいつものことだ――
三日前の夜も繁華街で、派手な格好をした若い女がすれ違いざまに「キモっ」と笑った。
頭の中で火花が散り爆発が起こった佐竹はすぐさま女を尾行した。あちこちと遊び歩く女に断念することなく帰路に着くのを執拗に待った。
そして深夜が過ぎ、ようやくハイツの一室に戻った女がドアを開けた瞬間を狙って押し入った。
悲鳴を上げる暇も与えず、顔面に拳を叩き込む。気を失った女を裸に剥き、口の中に下着を詰め込むと手と脚をストッキングで縛り上げてベッドに放り投げた。
佐竹はバッグからサバイバルナイフを取り出し、コートを脱ぐと返り血で汚れないようバッグと共に部屋の隅に置いた。
ナイフを持ち、女の脚にまたがる。
禍々しい臭いがした。どの女もそうだった。きつい香水に雌の臭いが混じったものだ。漏らした小便や大便のにおいが混じっていることもある。
女が目を覚まし呻いた。詰め物のせいで何を言っているのかわからないが、助けを乞うているのだろう。涙と鼻水で化粧が溶け、顔が腫れあがっているせいもあって醜い。
佐竹は瞬きのないぎょろ目をひん剥き、大口を開けて声を出さずに笑った。いつもの佐竹の笑い方だ。
その奇妙な表情を見て女はいったん呻くのをやめ、怯えた眼差しを向けた。自分の立場が思っている以上に危険なことを察知したのだろう。
佐竹は女の股間に軽く刃を当て陰毛を一剃りし、いつも通りの完璧な切れ味を確認した。
女が再び身体を捩りながら呻き始める。
それを無視し、白い腹にナイフを深く突き立てた。抵抗なく柔らかい肉に刃が潜り込んでいく。
ぶるぶると乳房が揺れ、反った喉から苦悶の呻きが漏れてくる。
佐竹は左手で乳房をつかんだ。手のひらに生暖かい肌が吸い付く。
穢れた女だ。
嫌悪の表情を浮かべ、乳房をナイフで削ぎ落とす。
女が白目を剥き、背中をのけぞらせて再び気を失った。
佐竹はただの脂肪塊と化した乳房を壁に叩きつけた。ひしゃげて張り付いた塊が壁紙に血の筋を走らせ、ゆっくりと床に落ちる。同じようにもう片方も削ぎ切り、びたんと壁に投げつけた。
目の前には脂肪の粒が寄り集まる二つの円があった。一つの円の中心にナイフを突き立てたが、刃先が骨に当たって止まった。佐竹のナイフはこんなことぐらいで欠けたり折れたりしない。構わず力任せにねじ込んだ。ぐりぐりと中を探るように刃を押し進め、抜いてはまた差すを何度も繰り返した。もう片方の円も同じように繰り返す。白い胸は溢れた血で真っ赤に染まり、女はもう呻き声を上げることはなかった。
これで禍々しさも消えるだろうと佐竹は女の陰部を抉り取り、ベッドサイドのゴミ箱に放り投げた。
その後、胴体と四肢を切り刻み、ミンチになるまで何度もナイフで叩いた。肉も脂肪も内臓も骨までも砕きながら何度も、何度も。
あと残るは頭部――顔――だ。
佐竹はそれも丹念に切り刻み始めた。真っ赤な唇を削ぐと並びの悪い歯列が丸見えになった。笑っているような顔がやけに醜いので鼻も削いでみる。中に白いものが見え、不自然に高い鼻だと思っていた佐竹はふっと笑った。
両瞼を切り取り、目玉を二つとも抉り出す。
ナイフの柄で歯を叩き外すと空いた眼窩に詰めた。
歯のない口には眼球を放り込んだ。
そうすることに意味はない。ただ穢れた人間からなるべく遠い形のものにしたいだけだ。
ベッドは夥しい血を吸いじっとりと濡れていた。佐竹の重みでへこんだ箇所には血溜まりができている。ベッドから降りると溜まった血がマットに吸い込まれていった。
血と肉と脂が混然一体となった女だったものをそのまま置いて、佐竹はシャワーを浴びると衣服を着用し、女のバッグから財布を抜いて部屋を後にした。
禍々しい臭いは血生臭さによって浄化された――
バスの扉が開く音がして佐竹は我に返った。
女子高生たちが降りていく。
まだ含み笑いが聞こえていたが、彼女たちをつけ狙うつもりはなかった。頭の中で爆発が起こらなかったからだ。
いつもなら火花が散り爆発していただろう。
だが、さっきの女のほうが気になって不発に終わったらしい。
バスが急停車した時、倒れ込んできた女に対し頭の中で大爆発が起こった。
殺す。
バッグの中ですでにナイフを握っていた。簡単に殺れる。だが、今ここで殺人を犯すことはできない。降りてから後をつける。
だが。
女は佐竹に何度も頭を下げ謝った。柔らかな髪を振り乱し、顔を赤らめて。
今まで自分にこんな態度を取る人間がいただろうか。
そう思うとナイフをつかんでいる指が自然と開いた。
それに女から禍々しい臭いがしなかった。していたのは甘い花の匂いだ。昔、嗅いだことのある匂い。
それが何なのか思い出せなかったが、この女は許さねばならないと感じた。
立っている乗客がすべて降り、佐竹はふと自分の足元に落ちているものに気付いた。赤い革のカバーがついた文庫本だった。
確か女が持っていた――
拾いあげて開いてみる。カバーの片隅にアルファベットで名前が刻印されていた。
Uiko・S
ういこ。Sの名字はなんだろう――
はっと顔を上げる。
佐竹のS――彼女は自分の妻になる女なのだ。
灰色のまま暮れていく空を車窓から眺めながら、佐竹は運命を感じて一人ほくそ笑んだ。
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