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佐野さん、彼女は本当に郁のことが好きなんだろう。告白をしに来たのは最近のことだけれど、でも、彼女の視線はずっと、ずっと郁だけに真っ直ぐ向けられていた。
夏の学校帰りも、秋の体育祭や文化祭の時でも、ずっと、郁だけを見てた。
だから、彼女も気がついていたんだ。僕が彼女の視線の向かう先に気がついていたように、郁の視線は一度も自分へと向けられないことに。
なら、郁の視線が向かう先には気がついていた?
それとも、誰よりも絶対にありえないからと、除外していた?
ねぇ、なんで僕に訊くの?
ねぇ、なんて答えたらどいてくれるの?
僕はとても酷い大人だ。それを自覚していても尚、なおさない、欲深い大人。
「いやぁ、疲れましたねぇ」
「! あ、え、えぇ……」
町内で行われたクリスマス会はとても盛り上がった。小学生だけなのだけれど、それでも二十人以上が集まって、歳が離れてても楽しそうにゲームをして、ご飯を食べていた。小学六年生が一年生の世話をしてあげると、小さい子はとても嬉しそうにはにかんで「おねえちゃん」って懐いてたっけ。
まるで、昔の郁みたい。
「成田さん、子どもの扱い上手ですよね」
「そうっすか? 姪っ子甥っ子がすげぇ多いからかなぁ」
あははって大きな口を開けて笑ってる。
「あ、そうだ! 晩飯一緒にどうっすか? 俺らの分ほぼガキどもがたいらげちゃったから、腹、減ってません?」
「あ、えっと……」
「あークリスマスですもんね。先約ありますよね」
郁は夕飯食べてくるって言ってた。ケーキならもう買ってあるし、家に一人でいても、なんだか思考が暗くなってしまいそうだ。
「いえ、先約とかないですよ。ぜひ」
「うわ! マジっすか! やった!」
だって、郁がいる場所に、彼女は合流するんだろうから、考えると、身体が冷えきってしまいそうになる。あんなにお洒落をしてたんだ。デートみたいに可愛い格好をしていた。クラスメートたちとのクリスマス会とは思えない、可愛い服を着て、ほんのりお化粧までしてた。郁に振り向いてもらうために。
そして、一人、うちで待っていると、郁が本当に振り向いて、彼女のほうへと歩いて行ってしまうかもしれないって、慌てて、駅まで走ってしまいそうで。だから、誰かと一緒にいたかった。
郁をさらいに行きたいと思ってしまう自分を止めるために。
クリスマス当日、平日とはいえ、お店はそれなりに混んでいて、でも、まぁ田舎だからお洒落なバーなんてあるわけもなく。チェーン店の居酒屋か小料理屋、もしくはスナックくらい。どこもクリスマスらしさはない店ばかり。
「そんでぇ、塗料も原価高くって、やっぱしんどいっすわ」
「ですよね。うちも材料費バカにならないから」
「あー、相馬さんとこもっすか?」
骨がなくなってしまったみたいにフラフラ、ユラユラ、左右に揺れながら、力なく手を振っている成田さんと、クリスマスには全く関係のない仕事のことをしていた。
相当酔ってるみたいだ。
大丈夫かな。
「でも! 俺、相馬さんの色彩ってすっげぇ好きっす! 優しくてぇ、綺麗でぇ」
「ありがとうございます」
言いながら、手が左右、表裏ってひらりひらりと扇子みたいに踊っていた。
「成田さん、けっこう酔っ払ってます? 大丈夫? あの、そろそろ帰りましょうか。明日は仕事ですもんね」
時計を見れば、もうすでに二時間は飲んでいる。僕もだけれど、成田さんも日中仕事して、それから子どもたちとクリスマス会をして、けっこうハードな一日だったから、疲れでお酒も回りやすいんだろう。
「コート、どうぞ」
立ち上がると、足元がふわりと少しだけフラついた。でも、大丈夫そう。自分もコートを手に持って席を立つと、ホールの若いスタッフさんが大きな声で勘定を呼んでくれた。
「ご馳走さまでした」
お辞儀をして、外に出れば、師走の寒さが一段と厳しくなっていた。肩をすくめ、マフラーの中にアルコール混じりの吐息をこぼすと、そのマフラーの周りの空気が白くなった。
「……」
もう八時か。郁はまだご飯中かなぁ。
「……この後、何かあるんすか?」
見ていた腕時計を覆い隠すように手首を掴まれた。
「……え?」
「今日、何度も時計見てたから」
「あ、ごめんなさいっ」
失礼だった。飲んでる相手に。何度もチラチラ時計を見てたら、まるで早く帰りたいみたいじゃないかと慌てて謝罪をした。けれど、謝らないでと成田さんが僕の手首を掴んだ手に力を込める。
「俺、相馬さんの染めた色、綺麗だと思います」
「……」
手首をぎゅっと握られて、痛いのだけれど、それを言うのははばかられるほど、成田さんが真剣な顔をしていた。
「なり」
「貴方のことも、綺麗だと思います」
「……」
普段からよく笑う人だから、こんなふうに少しも笑わずにいると、どうしたらいいのかわからなくなる。
「貴方の色彩、好きだってさっき言いましたけど。けど、俺は、貴方のことも」
どうしたらいいのか。
「貴方のことも、好きです」
わからなくなる。
「ずっと、好きでした」
郁は、佐野さんの気持ちに気がついていたんだろうか。真っ直ぐに向けられる視線に気がついていたのかな。
「俺じゃ、ダメですか?」
僕は気がついていなかった。郁のことしか本当に見ていなくてさ。だから、郁のことを好きな佐野さんには気がついていたけれど、ほかには何も。
「俺じゃ……」
成田さんは気がついていた。僕を見つめていたから、僕の視線がどこに向かっているのか、気がついてしまっていた。
「俺なら、貴方にそんな辛い顔、させない」
僕が誰を好きなのか、成田さんは、知っている。
「文彦……」
郁を好きだって。
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