38 繋げる

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「……ぁ、痕」  朝、起きて、ぼんやりとしながら自分の手を見たら、手首のところに薄っすらとだけれど赤い痕が残っていた。  すごく強く掴まれてたんだろう。  駅からうちまでずっとだったから。 「……」  指先で撫でても痛いわけじゃない。惨たらしい感じでもない。けれど、赤くほんのり残っている。昨日まで潰れてしまいそうだった胸のところの痛みを塗りつぶしてくれた証。 「バカ力……」  呟いて、そして、愛しくて、少し笑ってしまった。  抱いて、なんて言っちゃった。しかも、断れちゃったよ。誘惑したのにフラれたことになるのかな。 「恥ずかし……」  思わず膝を抱えて、呟いてしまうくらい。  誘惑断られた後、抱き合って笑って、ケーキを食べた。やっぱりここの美味しいって二人で頷きながら。郁にメリークリスマスって書かれたチョコレートプレートをあげるって言ったら、文が食べなよなんて大人みたいに笑ってさ。僕のほうが大分大人だけれど、嬉しくて食べてしまって。そしたら「マジで食った」って言うから慌てちゃったり。  からかわれて、笑って、照れて、「おやすみ」ってキスをした。  泣いて、苦しくなって、悲しくなって、切なくなって、幸せだと笑った。好きな人と笑ってキスをした。  なんだか忙しいクリスマスだった。 「痕……郁が見たら慌てちゃうかな」  長袖を着ていれば見えないよね。腕まくりしないように気をつけないと。  郁は優しいから、昨日自分が掴んで引っ張った痕が手首にあるのなんて見たら、もう触ってくれないかもしれない。  あ、やだ。自分の考えてることが恥ずかしい。  触って欲しい? そういうことだよね。  ――郁、抱いてよ。  大胆なこと言っちゃったくらいだもの。郁相手に、ものすごいこと言っちゃった。抱いて、なんてねだっちゃった。 「って、もう時間だ」  急いでベッドを抜け出した。  なんだか部屋の空気さえも寝惚けてそうな静けさだった。いつもの朝なのに、いつのも朝と違う。何も、行為らしきものはしてないのに、まるで、何かあったみたいに胸のところが落ち着かない朝だ。  してないのに。  抱いてもらってない。身体は繋げてないのに。 「あ」 「あ……、はよ」  部屋を出たら、郁もちょうど部屋から出てきたところだった。 「お、はよ」  朝の挨拶もどことなくぎこちない。 「あ、えっと、朝ご飯、何にしよっか。お米炊くの忘れちゃった。スパゲティか、うどんか、あと、パン? ハムとソーセージあるから。それにしょっか」  足りる? 男子高校生の朝食としては少し物足りないよね。いつもはご飯炊いてるから。 「あとは……」  そうだ。手首隠しておかないと。 「文」 「んー? あ、今日って普通に丸一日学校? 別に、あの、クラスの女の子がとかじゃなくてっ」  この痕は痛くない。 「文」  むしろ、嬉しい痕。 「忘れんなよ」 「……」 「昨日、言ったこと」  身体は繋げてないのに。 「しらばっくれても、ダメだからな」  まるで、君に抱いてもらえた翌朝みたいに君と繋がってるって感じる。 「わかった?」 「!」  いきなり目前に郁が顔を寄せて、キスできるくらいに、吐息が唇に触れるくらい近くで、ニコッと笑って首を傾げた。セットをしてない、無防備な郁の前髪が、首を傾げた分だけ揺れる。  頷いたら、唇が当たってしまうから。 「わ、わかった」  そう答えたけれど。 「ヤバ、その顔、反則だわ」  そう言って笑った郁とキスをした。  反則って、どんな顔をしてたんだろう。変じゃなかったかな。真っ赤だった? わからないけれど、おかしな顔じゃなかったことを願いながら郁の背中に手を回して抱きついた。これなら反則と言われてしまった顔を見せずに済むかなって。 「なぁ、文」 「……」 「一晩、考えたんだ」  郁の手はもうこんなに大きい。郁の胸はもうこんなに分厚くて広い。 「あのさ……っすっげえええええ! セックスしたい!」 「ちょっ、い、郁っ?」  何をいきなり朝から叫んでるの? そんな大きな声出したら、お隣さんに聞こえちゃうってば。  慌てて顔をあげると、僕を抱き締めたまま、いたずらっ子みたいに不敵に笑ってる。普段大人びて見えることの多い郁にしては珍しく子どもっぽい笑い方だ。 「あと、少しの我慢」 「……郁」 「その後はもうめちゃくちゃ抱くから」 「ちょっ! ななな、何言って」 「今だけ」 「……」  思わず、その言葉に大きな背中に回した手がしがみつくように、郁の服を握り締めた。 「その今だけを楽しく過ごそう」  いくらでも切なくなんてなれる。だって実際、この恋は切なさをたくさん持っているから。 「……郁」 「とりあえず」 「?」  とりあえず? 「昨日の大胆発言をした文の顔をおかずにオナる」 「! ちょっ! いいいいい、郁っ」 「や、だって、すげぇきたんだって、めちゃくちゃエロかった」 「バッ! バカっ」 「あはははは、三回抜ける」 「ぎゃあああああ」 「けど、ホント……」  抱き締めた腕の拘束は解くことなく、穏やかに笑いながら、額が触れ合った。 「すげぇ好きだよ」  触れたのは額。繋げたことのあるのは手くらい。したことがあるのはキスまで。 「僕も郁が好きだよ」  けれど、恋人としてすごしたクリスマスの翌日、気持ちはしっとりと繋がっていて、笑ってしまうほど、誰にも言えない想いが甘く柔らかくほぐれてた。
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